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* 2021/11/05.

月日 出来事
紀元前4ないし5世紀   古代ギリシアの学者アルキタスが、蒸気で推進される鳥形飛行体「鳩」を200m飛ばしたと伝えられるが、確証は無い。
3世紀   諸葛孔明が天灯という熱気球を飛ばしたと言われる。
875年   後ウマイヤ朝の学者アッバース・イブン・フィルナスが原始的なハンググライダーで飛ぼうとし、負傷。
11世紀序盤   イギリスの修道士マルムズベリーのエイルマー、手足に翼を取り付けて塔から飛ぼうとし、負傷。
1232年   中国の開封の戦いにおいで城を守っていた金軍は火箭を使用してモンゴル軍を一時撃退した。この火箭(かせん)は宋から金が学んだものであるが、火の燃焼の反作用を利用したロケットの一種とされる。
1490年ころ   レオナルド・ダ・ヴィンチがヘリコプターのような航空機のスケッチを残す。ダ・ヴィンチは他にもパラシュートやオーニソプターの研究もしている。
1630年ごろ   オスマン帝国のヘザルフェン・アフメト・チェレビ、人工の翼を用いて塔から3年 (000m滑空したと伝えられる。
  その兄弟、ラガリ・ハサン・チェレビが火薬ロケットで離陸して海面に軟着水したと伝えられる。
1670年   イタリアのイエズス会士フランチェスコ・ラナ・デ・テルツィ、「真空飛行船」の可能性を提唱。軽航空機の概念を初めて示した。
1709年   ポルトガル人バルトロメウ・デ・グスマン、空中船「パッサローラ」の特許を取得。同年、熱気球の模型実験に成功?
1763年   ドイツ人メルヒオール・バウアー、「空中車」を考案。
1781年   バーデン大公国の建築家カール・フリードリヒ・メールヴァインが人力オーニソプターで飛行を試みる。
1783年 11月21日 モンゴルフィエ兄弟の熱気球に、ピラトール・ド・ロジェとフランソワ・ダルランド侯爵が搭乗して初の有人飛行に成功。
12月1日 ジャック・シャルルと助手のロベールが水素気球で有人飛行に成功。
1785年頃 1月 ジャン=ピエール・ブランシャールが水素気球により、初のドーヴァー海峡横断飛行。
  浮田幸吉が滑空飛行に成功したとされる。
1787年?   琉球の花火師、飛び安里がオーニソプターで飛んだと伝えられる。
1793年 5月15日 スペインの農夫ディエゴ・マリン・アギレラがグライダーで滑空したとされる。
1799年   ジョージ・ケイリー、固定翼の着想を得る。
1811年・12年   「ウルムの仕立て屋」アルブレヒト・ベルプリンガー、ハンググライダー(またはオーニソプター)を作るが公開飛行に失敗。
1842年   ウィリアム・ヘンソンが航空機の特許を取得。ほぼ今日の飛行機の機能を備える。
1848年   ヘンソンとジョン・ストリングフェローが蒸気機関を搭載した模型飛行機を製作、下り勾配の付いた台からの離陸に成功(ただし離陸地点以上には上昇できず)。
1849年 - 1853年   ジョージ・ケイリー卿のグライダーによる有人滑空実験。
1852年   アンリ・ジファールが、葉巻形ガス気球に3馬力の蒸気機関を搭載した軟式飛行船を開発(史上初の操縦可能な航空機)。
1855年   ジャン=マリー・ルブリ、グライダーによる有人滑空実験。操縦装置が付いていた。
1866年   ポーランドのヤン・ヴネンク、グライダー(ないしオーニソプター)で1800mの公開飛行。
1871年   アルフォンス・ペノー、ゴム動力の模型飛行機「プラノフォア」の飛行実験に成功。
1874年   デュ・タンプル、蒸気機関(熱機関とも)エンジンの有人飛行機を下り勾配からジャンプ飛行させる。
1875年   トマス・モイ、蒸気機関を積んだ大型の模型飛行機を浮揚させることに成功。
1876年   アルフォンス・ペノー、飛行機の特許を取得。引込脚などの先進的装置をすでに備えていた。
1879年   ヴィクトル・タタン、圧縮空気エンジン付きの模型飛行機を飛ばす。
1882年   アレクサンドル・モジャイスキー、固定翼の蒸気飛行機で滑走浮揚。正式な飛行と認められず。
1890年代   オットー・リリエンタールがグライダーによる飛行試験を行う。最終的に墜死(1896年)。
1891年   二宮忠八がゴム動力の模型飛行機を飛ばす。
1894年   ハイラム・マキシム、固定翼の大型蒸気飛行機で滑走浮揚。正式な飛行とは認められず。(もともと浮揚実験が目的であった)
1897年   スウェーデンの発明家カール・ニューベリが蒸気飛行機フルガンを製作する。飛行できず。
  クレマン・アデール、固定翼の蒸気飛行機「アヴィオン号」(エオレIII)で滑走浮揚。正式な飛行とは認められず。
1899年   イギリスのパーシー・ピルチャー、4馬力の三葉機を作るが試験するに至らず。グライダーで墜死。
1900年 7月2日 フェルディナント・フォン・ツェッペリン伯爵が、初の硬式飛行船ツェッペリン LZ-1を初飛行させる。
  ライト兄弟が「グライダー No.1」を初めは凧として、後にはグライダーとして飛ばす。
  二宮忠八、玉虫型飛行器の製作を開始(1909年頃にライト兄弟の飛行機の存在を知り、エンジン製作を前にして研究を断念)。
1901年   王立航空クラブ(Royal Aero Club)が創設される。
7月31日 ドイツ人の地理学者ベルソンとシュリンクが気球で高度10年 (800 mに到達する。
8月14日 ドイツ系アメリカ人グスターヴ・ホワイトヘッドが米国コネチカット州ブリッジポートで『ナンバー21』により800mの安定した動力飛行に成功したと言われる。目撃者はいたが写真などの物的証拠はない。
10月19日 ブラジル人、アルベルト・サントス・デュモンが半硬式飛行船"Nr. 6"で制限時間以内にエッフェル塔を周回し、この飛行にかけられた懸賞のドゥーチ賞と賞金100年 (000フランを獲得する。
10月 オーストリアで、ヴィルヘルム・クレスの水上機が離水に失敗して大破。
  アメリカで、ラングレイ教授によって、内燃機関を搭載した模型飛行機による初の飛行が行われる。
  ライト兄弟が風洞実験により翼の設計を改善する。
  矢頭良一、「飛学原理」の論文を独自に著し、森鷗外に飛行機製作の構想を明らかにする。その後1907年頃まで飛行機の研究を行う。
1902年   南極大陸での初の気球による飛行が行われる。
5月15日 アメリカでライマン・ギルモアが蒸気機関を搭載した固定翼機で飛行に成功したと主張。
1903年 3月31日 ニュージーランド人、リチャード・ピアースが動力飛行機による飛行を試みる。操縦不能であり、非公式なものだった。初の不時着となった。
8月18日 ドイツにて、カール・ヤトーが4人の前で動力飛行機による飛行(もしくは浮揚)を行う。飛行距離は20mで、操縦不能なものだった。
10月7日 ラングレイ教授の製作した有人機「エアロドローム」の飛行実験がニューヨークのポトマック川で行われるが失敗。12月8日に再度実施されたがやはり失敗した。
12月17日 ライト兄弟による動力飛行(固定翼機による世界初の動力飛行)ライトフライヤー号。
  コンスタンチン・ツィオルコフスキーが著書『反動装置による宇宙探検』で液体燃料ロケットの概念を発表。
1904年   ライト兄弟が、ドイツとフランスに対して、飛行機の特許を請求。
9月20日 ライト フライヤー2号が、飛行機による初の円形旋回飛行を行う。カタパルトによる補助と向かい風なしでの離陸も行われた。
1905年   日本陸軍が気球隊を創設する。
  ウィルバー・ライトが、38分間・39 kmの飛行を行う。
  米国カリフォルニア州サンタクララで、ダニエル・マロニーがグライダーで20分間の飛行を行う。高度1年 (220 mまで上昇したモンゴルフィエ気球から発進しての飛行だった。マロニーは後の飛行で墜落する。
10月14日 パリで国際飛行連盟 (FAI = Federation Aeronautique Internationale) が創設される。この機関は2005年現在も活動中である。
1906年 3月 ルーマニアのトライアン・ヴイアが動力飛行を試みる。向かい風・カタパルトによる補助・丘の上からの発進といった(離陸に有利な)条件無しに行われたが、継続的な飛行には程遠いものであった。
10月 サントス・デュモンが固定翼動力機の公式飛行を行う。向かい風・カタパルトによる補助・丘の上からの発進といった(離陸に有利な)条件無しに行われた。ヨーロッパ初の固定翼機による動力飛行と認識されている。
1907年 6月13日 モナコにて、フランス人モーリス・レジェのヘリコプターが人間1人を垂直に上昇させることに成功。
9月29日 ルイ・ブレゲーらがジャイロ・プレーン(回転翼機)で、周りで人に支えられながら離陸。
11月13日 ポール・コルニュがヘリコプターで浮上。
  フランスのロベール・エスノー=ペルトリが、操縦桿を使って飛行した初のパイロットとなる。
1908年 5月 ウィルバー・ライトがCharles W. Furnas を乗せて最初の同乗飛行を行う。ライト モデル Bで、飛行距離は4 kmだった。
6月 デンマーク人ヤコブ・エレハマーが、キールで動力飛行に成功。ドイツにおける初の動力飛行とされる。
  アメリカ陸軍が飛行機械を購入する予定であると公表。
9月 トーマス・セルフリッジ中尉が、初の動力飛行機事故による死者かつ軍用航空機による死者となる。米国ヴァージニア州フォート マイヤーでの、ウィルバー・ライトによる、2人の乗客を乗せての飛行試験でのできごと。
9月9日 オーヴィル・ライトが1時間3分15秒の飛行を行う。
10月5日 Echterdingenでツェペリン飛行船 LZ IVが炎上する。
10月14日 アンリ・ファルマンが動力飛行機による初のクロスカントリーフライトを行う。ブイからランスへの27 kmを 20分で飛んだ。
10月18日 ウィルバー・ライトがAuvoursで高度115 mまで上昇する。
12月31日 ウィルバー・ライトがAuvoursで2時間20分の飛行を行う。
1909年 ジョン・A・マッカーディがシルバーダートの飛行に成功。カナダと大英帝国で初の、制御された動力飛行だった。
7月25日 ルイ・ブレリオがブレリオ XIを操縦してドーバー海峡横断飛行に成功。
7月 - 10月 ドイツで国際航空博覧会が開かれる。
8月 フランス ランス国際飛行大会(優勝者: 航続距離-ファルマン複葉機180km、速度-カーチス複葉90km/h、高度-アントワネット機150m)
11月16日 世界初の航空輸送会社として、DELAG(ドイツ航空会社)が設立される。
12月9日 フランス海軍士官ル・プリウールが上野の不忍池畔で田中館愛橘らの協力を得て製作したグライダーによる滑空飛行に成功。無動力ではあるが日本で最初の近代的航空機による飛行(12月5日には子供を乗せて飛行に成功、また9日には日本海軍の相原四郎大尉も搭乗したが池に墜落した)。
1910年   初の夜間飛行が行われる。
  ユージン・バートン・イーリー、船のデッキから離陸
  フレデリック・ボールドウィンとジョン・A・D・マッカーディが、カーチスの複葉機で、地上に電波を送った初のパイロットとなる。
  初のアメリカ人女性パイロット、ハリエット・クインビーが、女性として初めて英国海峡横断飛行に成功。
1月7日 フランス人のユーベル・ラタムが高度1年 (000 mに到達した初のパイロットとなる。
3月14日 ルイ・ポーランがオルレアンからトロワへの146 kmの無着陸飛行を行う。
3月28日 アンリ・ファーブルがル・カナール号で、水上飛行機による自力離水を初めて成功させる。
7月9日 フランス人のレオン・モラーヌが世界速度記録106 km/hを達成。
7月16日 ジョン・ロバートソン・ダイガンがオーストラリアで最初に造られた飛行機で飛行した。
8月 フランスのランスで、初の国際航空競技会が開かれる。
9月23日 ペルー人のホルヘ・チャベスがブレリオの単葉機でアルプス越えに成功。スイスのブリーク(Brig)からイタリアのドモドッソラ (Domodossola) へと飛行し、高度2年 (200 mに達したが、着陸に失敗して死亡した。
10月 ルーマニア人のアンリ・コアンダ (1886 -1972) がジェットエンジンを搭載した航空機コアンダ=1910を製作。
12月14日 日本陸軍の日野熊蔵大尉(グラーデ単葉機)による日本初の動力飛行
12月19日 日本陸軍の徳川好敏大尉(アンリ・ファルマン式複葉機)と日野熊蔵大尉(グラーデ単葉機)による日本初の公式動力飛行
12月 女性パイロットのレース、Coupe Feminaが開かれた。(最初の優勝者はエレーン・デュトリュー)
1910年   初飛行した機体: タウベ
1911年   ドイツ人フーゴー・ユンカースがユンカース社を設立。
  所沢に日本初の飛行場である陸軍所沢飛行場が完成。
  Andre Beaumontが、パリからローマへの飛行レースでローラン・ギャロスに勝利する。
  カルブレイス・ロジャースが、Vin Fiz号(ライト・フライヤー 'B')を操縦して、北米大陸横断飛行に初成功する。49日かかり、途上で数回の墜落に見舞われた。
4月12日 Pierre Prierが、ロンドンからパリへの4時間以内でのノンストップ飛行を行った。
7月 初の貨物輸送飛行が行われる。イギリス内のショアハムからホーヴへと、電灯を1ケース運んだ。
10月 航空機が初めて戦争に使われる。伊土戦争において、ブレリオの単葉機がトリポリからAziziaへと、トルコ軍の位置を偵察するために飛行した。
10月24日 オーヴィル・ライトが、キティーホーク近くの砂丘上空で、グライダーによる9分45秒の飛行を行う。
1912年 イギリスの航空機メーカー、スーパーマリンが設立される。
3月 アルバート・ベリーが、米国セントルイスで、初の飛行機からのパラシュート降下を行う。
4月13日 イギリス国王ジョージ5世が、初の空軍であるロイヤルフライングコーズ (RFC = Royal Flying Corps) の設立を認める。
6月2日 アメリカで、世界で最初に機関銃を飛行機に搭載、空中射撃の実験が行われる。
6月19日 イギリスウィルトシャー州のUpavonで、RFCの中央飛行学校が開校する。
8月 アメリカ人グレン・マーチン、マーチン社を設立。
  最初の全金属製の航空機が飛行する。フランスのPonche and PrimardによるTubavion単葉機。
民間人の伊藤音次郎が飛行訓練を始める。練習場の千葉県稲毛海岸は民間航空発祥の地とされる。
1913年   第1回シュナイダー・トロフィー・レースが行われる。優勝はフランスのデュペルドサン機。
  中国が初の航空機を12機受け取る。フランスのメーカー、Rene Cuadronによる。
  パンチョ・ビリャ率いる革命軍のメキシコ人パイロット Gustavo Salinas Camillaとフランス人のディディエ・マッソンによって、初の爆撃が行われる。
4月24日 ウジェーヌ・ジルベールがフランスパリ郊外のVillacoublayからスペインのビトリア=ガステイス間の825 kmを8時間23分で無着陸飛行する。
9月1日 フランス人アドルフ・ペグーが初の背面飛行を行う。
9月9日 モーリス・プレヴォがドゥペルデュサン・モノコック・レーサーで204 km/hに達し、初めて200 km/hを突破する(ゴードン・ベネット杯優勝)。
12月11日 ロシアのイーゴリ・シコルスキー の大型旅客機"イリヤー・ムーロメツ"が初飛行。離陸重量4.5 tの世界初の4発機で、乗員2名、乗客10名。第一次世界大戦中は爆撃機として使用された。
12月13日 - 14日 ドイツの気球乗り、Hugo Kaulenが87時間の滞空記録を達成。これは1935年まで破られなかった。
1914年   第2回シュナイダー・トロフィー・レースが行われる。優勝は英国のソッピース タブロイド機。
  フランスが機関銃を搭載したモラーヌ・ソルニエ Nを実戦に投入。
2月8日 - 10日 Berliner、Haase、Nikolaiが気球に乗ってBitterfeldからPermまで3年 (053 kmを飛行。この記録は1950年まで破られなかった。
6月 第一次世界大戦が始まる。
  日本陸軍、青島のドイツ軍要塞を爆撃。
7月10日 - 11日 ドイツ人のラインハルト・ボームが、アルバトロス複葉機で、24時間12分にわたる無給油・無着陸の単独飛行に成功。この記録は1927年まで破られなかった。
  ドイツ帝国が第一次世界大戦開戦にあたって1年 (200機を持つ空軍を設立。最初の独立空軍。
1915年   ドイツがプロペラ同調装置つき機関銃を搭載したフォッカーEIを実戦に投入。
  フランスのアドルフ・ペグーが戦死。
5月31日 ツェッペリン飛行船によるロンドン空襲。
7月25日 RFCのLanoe Hawker大尉が、フランス上空での空中戦により、初めてヴィクトリア十字勲章を授けられる。
8月12日 初の空中発射魚雷攻撃が行われる。ダーダネルス海峡で、のチャールズ・エドモンズ中佐が水上機母艦ベン・マイ・クリーから飛び立ったショート 184 水上機で14 inch (356 mm) の魚雷を投下、トルコの船に命中した。
沖野が原に日本最初の民間飛行場完成(現・東近江市南部地区) 
1916年 アメリカ人ウィリアム・ボーイング がPacific Aero Productsを設立、1917年にBoeing Airplane Companyに改名。
9月2日 - 9月3日 第39飛行隊のW・レッフェ・ロビンソン中尉が、ドイツの飛行船を初めて撃墜。
  滋野清武、コウノトリ部隊に加わる。
11月23日 英軍ラノー・ホーカー (Lanoe Hawker) 少佐が乗機エアコー DH.2(デハビラント-2)で45分に及ぶ激闘の末にマンフレート・フォン・リヒトホーフェン(レッドバロン)にバポーム=アルベール上空で敗北し戦死。
1917年   中島知久平が「飛行機研究所」(のちの中島飛行機株式会社)を設立。
  アーサー・パピー・チョークがレッド・アロー・フライング・サービス(のちのチョークス・オーシャン・エアウェイズ)を設立。
  マンフレート・フォン・リヒトホーフェン(レッドバロン)の乗機として有名なフォッカー Dr.Iが初飛行。
11月21日 - 24日 ツェッペリン飛行船 L 59が、6年 (757 kmを96時間で飛んでアフリカを横断する。平均時速は約70 km/h。
1917年   初飛行した機体: カプロニ Ca4
1918年 4月21日 リヒトホーフェンが80機撃墜の翌日、フランスソンム川コルビエ近くで、英軍機を低空で追撃中にオーストラリア第53砲兵中隊の軽機銃に撃墜されて戦死。英軍は自軍航空部隊の士気向上の為、カナダ人のアーサー・"ロイ"・ブラウン大尉が操縦するソッピース キャメルに撃墜されて戦死と発表する。
7月10日-8月25日 東京・上野公園で「空中文明博覧会」開催される。
11月 第一次世界大戦休戦。
1919年 ルイ・ブレゲーが Compagnie Des Messageries Avienneを設立(後のエールフランス)  
2月18日 アンリ・ファルマン、パリ - ロンドン間の定期商業飛行を開始。F.60 Goliathに11人の乗客を乗せての飛行だった。
4月 旅客輸送専用に作られた初の旅客機、British Aerial Transport Company F.K.26 'Commercial'が初飛行。
5月8日 - 27日 アメリカ海軍のカーチスNC-4飛行艇、着水しながらの大西洋横断飛行に成功。ニューヨークのロングアイランドからポルトガルのリスボンへの飛行だった。
6月2日 - 6日年 (7月9日 - 13日 G・H・スコット少佐ら30名が、飛行船R-34による初の大西洋横断・往復飛行に成功。
6月14日 - 15日 ジョン・オルコットとアーサー・ブラウンが、ビッカース ビミーでカナダのニューファンドランド島からアイルランドまで16時間での無着陸横断に初めて成功する。
10月7日 オランダの航空会社、KLMが運航を開始。
  コロンビアのアビアンカ航空が運航を開始。
10月13日 パリ国際航空条約締結。
11月12日-12月10日 キースとロス・スミスが、ビッカース ビミー (G-EAOU) で英国→オーストラリアへの飛行に初めて成功。
1920年   イギリスの航空機メーカー、デ・ハビランド社が設立される。
  オーストラリアの航空会社、カンタス航空が運航を開始。
  第3回シュナイダー・トロフィー・レースが行われる。優勝はイタリアのサボイア S.12。
9月 イギリスのソッピース社清算、ホーカー社が設立される。
1月 - 5月 アルトゥーロ・フェラーリンら、2機のSVA機でローマ・東京間の飛行。
1921年   ベシー・コールマンがフランスのフライトスクールへ通い、初の女性アフリカ系アメリカ人パイロットとなる。
7月 アメリカの航空機メーカー、ダグラス・エアクラフト社が設立される。
7月 アメリカでウィリアム・ミッチェル准将の提案で航空機による、軍艦に対する爆撃実験が行われ、7機のマーチンMB-2機の900キロ爆弾による対艦爆撃で停泊中の実験艦(帝国ドイツ軍戦艦オストフリースラント)を攻撃後21分で沈没させた。
1922年   ドイツの航空機メーカー、ハインケル設立。
  世界初の航空母艦として建造された鳳翔完成。
  初の夜間商業飛行がロンドン - パリ間で始まる。
  ポルトガル海軍のガーゴ・コーチニョとサカドゥラ・カブラルが水上機で80日間をかけてリスボンからリオデジェネイロまでの南大西洋横断飛行を行う。
1923年   シコルスキー・エアクラフト社設立。
  ロシアの航空会社、アエロフロートがドブロフロートとして設立される。
  アメリカ陸軍のオークリー・G・ケリー中尉とジョン・A・マクレディー中尉がニューヨーク→ロサンゼルスの無着陸飛行に初めて成功。
  ベルギーの航空会社、サベナが運航を開始。
1月9日 スペイン人のフアン・デ・ラ・シエルバ、試作機4号機によりオートジャイロの初飛行。
2月 ウイリアム・ジョルダン大尉、空母鳳翔への着艦に成功。
3月16日 吉良俊一大尉、日本人として初めて航空母艦への着艦に成功。
4月6日-9月28日 アメリカ陸軍、ダグラス DWCで世界1周飛行を行う。記録175日。
1924年   インペリアル航空(現在のブリティッシュ・エアウェイズ)が運航を開始。
  後にデルタ航空となるHuff Daland Dustersが運航を開始。
  アメリカ海軍が4機のダグラス DWCワールド・クルーザー機で世界一周飛行を実施、内2機が175日(実質飛行は15日と11時間7分)かけて世界一周飛行(飛行距離44341キロ)に成功する。
10月12日 - 15日 フーゴー・エッケナーの指揮でツェペリン飛行船"LZ 126"(ZR-3 "ロサンゼルス")がアメリカへ輸送される。
1925年   クライド・セスナ、ウオルター・ビーチ、ロイド・ステアマンらがトラベルエア社を設立。
  第5回シュナイダー・トロフィー・レースが行われる。優勝はアメリカで、パイロットはジミー・ドーリットル。
  ドイツで、飛行中の旅客機の中で初めて(無声)映画が上演される。
  7月25日 - 10月27日朝日新聞社の「初風」号「東風」号東京→モスクワを経て訪欧飛行(最終はローマ: 行程1年 (7403km)パイロットは安辺浩、河内一彦、機関士は篠原春一郎、片桐庄平。機体はプレゲー機。
1926年 10月1日 アメリカの航空会社、ノースウエスト航空が創立される。
  アメリカの航空会社、ユナイテッド航空が設立される。
  ドイツで、2つの大手航空会社が合併してルフトハンザが誕生する。
5月 リチャード・バードの操縦するフォッカーFVIIb/3Mによって飛行機としては初の北極飛行が行われる。
5月11日 - 14日 ロアール・アムンセンが、飛行船ノルゲ号で北極上空を飛行する(スピッツベルゲン→北極→アラスカ)。
1927年   アメリカの航空機メーカー、セスナが設立される。
5月20日 - 21日 チャールズ・リンドバーグが単葉機スピリットオブセントルイス号でニューヨークからパリへと、単独・無着陸での大西洋横断飛行に成功。飛行時間は約33.5時間だった。
6月29日 カナダ人の発明家、Wallace Turnbullによる可変ピッチプロペラ搭載機が、初の飛行試験を行う。
  初飛行した機体: フォッケウルフ F19エンテ
1928年   キュンター・フォン・ヒューネフェルトが、アイルランドからカナダへと、リンドバーグと逆の大西洋横断に成功。
  東京瓦斯電気工業(後の日立航空機)の純国産の航空用エンジン「神風」が耐空審査に合格。
  アメリア・イアハートが、女性乗客として初の大西洋横断を行う。
2月7日 - 22日 H・J・L・ヒンクラー空軍少佐がアブロ アヴィアンを操縦して、英国からオーストラリアへの単独飛行に初成功。
5月 チャールズ・キングスフォード・スミスらが、フォッカー・トライモーター(南十字星号)で初の太平洋横断飛行に成功(サンフランシスコ→ブリズベン)。
6月11日 アレクサンダー・リピッシュにより設計されたグライダー、エンテが史上初のロケット推進航空機として飛行する
10月30日 日本航空輸送創立
1929年   アメリカの航空機メーカー、グラマンが設立される。
  中島飛行機の航空エンジン「寿」が耐空審査に合格する。
  ポーランドの航空会社、LOTが運航を開始。
  Cubana de Aviacionが運航を開始。
  パンアメリカン航空(パンナム)が運航を開始。
8月8日 - 29日 飛行船 LZ 127 グラーフツェペリンが、平均速度114 km/hで34年 (200 kmを飛行し世界一周飛行を達成。航路は(フリードリヒスハーフェン→)ニュージャージー州 レイクハースト→フリードリヒスハーフェン→東京→ロサンゼルス→レイクハースト(→フリードリヒスハーフェン)。本拠地はフリードリヒスハーフェンであるが、メインスポンサーである出版業者のW・C・ハーストの要請により、自由の女神像を出発・終着点とした。
  フリッツ・フォン・オペルがロケット動力の航空機RAK-1で飛行する。
1929年   初飛行した機体: ツポレフ ANT-9。
1930年   フランク・ホイットルがジェットエンジンの特許を取得。
  ベンディクスレース始まる。
3月 ドイツの飛行船、LZ 127「グラーフ・ツェッペリン」が南大西洋の横断に初成功。
4月1日 ドイツの航空機メーカー、フィーゼラーが設立される。
5月 ジャン・メルモーズら、ラテコエール28水上機でセネガルのサンルイからブラジルのナタールまで南大西洋横断飛行。
  イタロ・バルボ、イタリア空軍の12機のサボイア・マルケッティ飛行艇をひきいてイタリアからリオデジャネイロまで飛行。
1930年   初飛行した機体: ユンカース Ju 52。
1931年   デュドネ・コストらが、パリからニューヨークへと大西洋を横断(リンドバーグと逆方向)。
  イギリスがシュナイダートロフィーレースに完勝する。ジョン・ブースマン大尉が、スーパーマリン S6Bで547.297 km/hを記録。ゴール地点はカルショット・スピット(en:Calshot Spit)。
5月27日 スイス人のオーギュスト・ピカール教授と助手のキプファーが、成層圏用気球で高度15年 (781 mに到達。アウクスブルクから離陸し、オーストリアの氷河に着陸した。
6月23日 - 7月1日 ウィリー・ポストとハロルド・ガティーが、ロッキードのウィニー・モー で世界一周速度記録を達成。8日と15時間51分で約24年 (900 kmを飛んだ。
10月4日 ハーンドン、クライド・パングボーン、ベランカ機で青森県淋代海岸から米国ウェナッチまでの太平洋横断飛行に成功。
1932年 5月20日 アメリア・イアハートがロッキード ベガを操縦して、女性として初の単独大西洋横断飛行に成功。ニューファンドランドのハーバーグレイスから北アイルランドのロンドンデリーへの飛行だった。
  ヴォルフガング・フォン・グロナウ、ドルニエ ワール飛行艇で111日をかけて世界一周飛行を行う。
1932年   初飛行した機体: ビーチクラフト スタッガーウィング
1933年 7月14日 - 22日 ウィリー・ポストがロッキード ヴェガで初の単独世界一周飛行を達成。ニューヨークのフロイドベネットフィールドを発着点とし、ベルリン、モスクワ、イルクーツク、アラスカを経由した。総飛行距離は約25年 (100 km。
8月7日 朝鮮半島出身の女性飛行士朴敬元がサルムソン2A2「青燕」で羽田から満州へ(大阪、太刀洗、ソウル経由)の単独飛行に飛び立つが行方不明。翌日静岡県の山中に墜落、死亡が確認される。
  初飛行した機体: スーパーマリン ウォーラス、ボーイング247、カリーニン K-7
1934年   マックロバートソン・エアレース(豪ビクトリア州創立100周年記念レース)でデ・ハビランド DH.88 コメットが優勝した。
  American Airways Companyが アメリカン航空に改組。
  コンチネンタル航空がヴァーニースピードラインズとして運航を開始。
1月 ソ連の飛行士、Fedossenko、Wassenko、Usyskinが成層圏用の気球、Ossoaviachim Iで高度22年 (000 mに到達。
  初飛行した機体: ダグラス DC-2、グロスター グラディエーター、シコルスキー S-42、ビュッカー Bü 131
1935年   メッサーシュミットがBf 109の生産を開始。
  ドイツの急降下爆撃機、ユンカース Ju 87が初飛行。
1月11日 アメリア・イアハートが、ハワイ州ホノルルからカリフォルニア州オークランドまでの、初の太平洋横断単独飛行に成功。
2月4日 九六式艦上戦闘機が初飛行。
6月 ボーイング B-17試作機が初飛行。
8月 羽田飛行場開業。
11月6日 イギリスのブルックランズで、ホーカー ハリケーンのプロトタイプ (K5083) が初飛行。*1936年
  この頃フランスの航空機メーカーは6つの国営企業に統合される。
3月5日 スピットファイアが初飛行。設計はレジナルド・J・ミッチェル。
4月 アイルランドの国営航空会社、エアリンガスが設立される。
6月15日 ヴィッカース ウェリントンのプロトタイプが初飛行。設計はバーンズ・ウォーリス。
9月12日 日本初の国産旅客機、中島AT-2が初飛行。
1936年   初飛行した機体: フィーゼラー Fi 156、ウェストランド ライサンダー、九七式司令部偵察機、九七式戦闘機。
1937年   スウェーデンの航空機メーカー、SAABが設立される。
4月9日 朝日新聞社の神風号(九七式司令部偵察機)による亜欧連絡飛行の成功。
5月6日 ニュージャージー州レイクハースト海軍航空基地に到着した飛行船、ツェッペリン LZ 129 ヒンデンブルクが炎上。飛行船による大陸間移動が幕を閉じた。
1937年   初飛行した機体: ブルースター F2A(バッファロー)、I-207、九七式重爆撃機。
1938年   2機のヴィッカース ウェルズレイが、エジプトからオーストラリアのダーウィンまでの無着陸飛行に成功。
4月12日 イギリス、ラグビーのBritish Thomson-Houston工場にて、フランク・ホイットルが、航空用としては初のジェットエンジンの地上試験を行う。
5月 東京帝国大学開発、日本陸軍協力による実験機「航研機」が周回航続距離世界記録を樹立。国際航空連盟認定として日本の航空史では唯一となる公式記録。
7月3日 女性飛行家アメリア・イアハートと航法士のフレッド・ヌーナンが、ニューギニア島のラエからハウランド島への飛行途上で行方不明になる。
7月14日 ハワード・ヒューズら、ロッキード14スーパーエレクトラで世界1周飛行。記録3日19時間17分。
12月 一式戦闘機「隼」が初飛行。
  初飛行した機体: ブローム・ウント・フォス BV 141。
1939年   第二次世界大戦が始まる。
  初のターボジェット機ハインケル He 178が初飛行。液体燃料ロケット推進のHe 176も初飛行。
4月 零式艦上戦闘機が初飛行。
7月6日 オルガ・クレピコヴァが、モスクワからオトラドノエ (Otradnoje) まで、グライダーによる746 kmの世界記録飛行に成功。
8月26日-10月20日 ニッポン号(九六式陸上攻撃機の改造機)世界1周飛行。
11月 世界初の本格的な戦略偵察機である、一〇〇式司令部偵察機が初飛行。
1939年   初飛行した機体: ロッキード P-38、フォッケウルフ Fw190。
1940年 10月8日 イギリスで、アメリカ人の有志によるイーグルスコードロンができる。
11月25日 デ・ハビランド モスキートのプロトタイプが初飛行。
1940年   初飛行した機体: ノースアメリカン P-51(原型機NA-73)、二式単座戦闘機「鍾馗」、一〇〇式輸送機(三菱MC-20)。
1941年   ジャクリーン・コクランが大西洋を爆撃機で横断した初の女性となる。
1月9日 アブロ ランカスター 爆撃機が初のテストフライトを行う。
2月25日 メッサーシュミットの輸送グライダー、Me 321 ギガント(全幅55 m、重量35 t)が初飛行。
3月30日 ハインケル He 280が初飛行。
5月15日 グロスター・ホイットルのジェット機、E28 パイオニアがクローンウェルから初飛行を行う。
12月8日 日本海軍の艦載機がハワイ真珠湾の旧式米戦艦を撃沈する。太平洋戦争が始まる。
12月10日 英戦艦プリンス・オブ・ウェールズが日本海軍の九六式陸攻、一式陸攻の雷撃及び爆撃により、僚艦レパルスと共にマレー沖で撃沈された。純然たる航空攻撃で行動中の戦艦が撃沈された最初の例。
1941年   初飛行した機体:フレットナー Fl 282 、メッサーシュミット Me 163、三式戦闘機「飛燕」、二式飛行艇。
1942年 5月8日 オーストラリア近海の珊瑚海で日本海軍と米海軍の空母部隊が海空戦を行なった。歴史上、航空母艦が互いの飛行機でのみ初めて戦った。珊瑚海海戦。
7月 ドイツのジェット戦闘機、メッサーシュミット Me 262がフリッツヴェンデルで初飛行。
9月 ボーイング B-29が初飛行
10月1日 アメリカのジェット戦闘機、ベル XP-59A が初飛行
10月3日 A4ロケット(後のV2ロケット)が、ペーネミュンデで初飛行を行う。296秒で約マッハ5に達し、高度84.5 km、距離190 kmを飛行した。
1942年   初飛行した機体: FFVS J22、紫電。
1943年 3月5日 イギリスのジェット戦闘機 グロスター ミーティアが初飛行。
4月 四式戦闘機「疾風」が初飛行。
6月 世界初のジェット爆撃機、ドイツのアラド Ar 234ブリッツ が初飛行。
9月22日 - 24日 エルンスト・ヤクマンが、上昇気流に乗って、単座グライダーで55時間51分の飛行を行う。
1944年   サウジアラビア航空が運航を開始。
6月12日 イギリスが、ドイツのV1飛行爆弾による初の攻撃を受ける。
6月14日 - 15日にかけての夜間 第605飛行隊のJ. G. マスグレーヴ大尉が夜間戦闘機型のデ・ハビランド モスキートを操縦して、V1を撃墜した初のパイロットとなる。
7月27日 グロスター ミーティアがRAF初のジェット戦闘機として運用を開始。対V1作戦を行う。
12月6日 ハインケルのジェット戦闘機He 162が初飛行。
12月7日 シカゴ条約締結。
1945年   円盤翼STOL機 ボート F5U フライングパンケーキ原型機の完成。
7月28日 B-25がエンパイアステートビルに激突する。
8月6日 B-29 "エノラ・ゲイ"が、ウラン型核爆弾 "リトルボーイ"を広島市へ投下。
8月7日 日本初のジェット機、橘花が初飛行。
8月9日 B-29 "ボックスカー"が、プルトニウム型核爆弾 "ファットマン"を長崎市へ投下。
8月15日 第二次世界大戦終戦。
9月20日 実験用に改造されたグロスター ミーティアが、ロールズロイス トレント エンジンを装備して、イギリス初のターボプロップ航空機として飛行。
12月3日 デ・ハビランド シーヴァンパイアが、空母での離着陸を行った初のジェット機となる。空母はHMSオーシャン。
1946年   アメリカ陸軍のシコルスキー R-5が、コネチカット州ストラットフォードで、非公式ヘリコプター高度記録 6年 (400 m (21年 (000 ft) を達成。
1947年 8月26日 ダグラス D-558-1が1年 (067 km/hを記録。
10月14日 チャック・イェーガーがロケット動力飛行機のベル X-1で音速突破飛行
  ミコヤン・グレヴィッチ MiG-15 (I-310) が初飛行。
  史上最大の飛行艇、ヒューズ H-4 (Hercules) が初飛行。
1947年   初飛行した機体: エアスピード アンバサダー
1948年   ノースアメリカン XP-86(F-86の原型)が降下中に音速突破。
7月14日 6機のデ・ハビランド ヴァンパイア F3が、ジェット機として初めて大西洋を横断。
9月9日 デ・ハビランド DH.108 スワローが降下中に音速突破。
1949年   初飛行した機体: サーブ 29 トゥンナン
  アメリカ空軍 第43爆撃飛行隊のB-50が、アリゾナ州タクソンのデイヴィスモンサン空軍基地から飛び立ち、初の無着陸世界一周飛行を行う。
  初飛行した機体: ブリストル ブラバゾン、ラボーチキン La200。
1950年 6月25日 朝鮮戦争が始まる。
1950年   初飛行した機体: ブラックバーン ビバリー、
1951年   可変後退翼実験機、ベル X-5が初飛行。
  アロー航空が運航開始。
7月20日 ホーカー ハンターのプロトタイプが初飛行。
8月1日 日本航空株式会社設立。
  初飛行した機体: スーパーマリン シミター、グロスター ジャベリン
1952年   日本ヘリコプター輸送設立。
  エレクトリックボートがジェネラルダイナミクスへと社名を変更
  ジェット爆撃機イングリッシュ・エレクトリック キャンベラが、初のイギリスからオーストラリアへの無給油無着陸飛行を24時間以下で行う。
1月22日 世界初のジェット旅客機、デ・ハビランド コメットがBOACに就航。
  初飛行した機体: ボーイング B-52、フーガ・マジステール、サンダースロー プリンセス
7月4日 日東航空株式会社設立。
9月13日 富士航空株式会社設立。
1953年   水上ジェット戦闘機の試験機、コンベア YF2Y シーダート公式初飛行。
  ジャクリーン・コクランが音速を突破した初の女性パイロットとなる。
6月1日 アメリカ空軍のアクロバット・チームサンダーバーズ発足
6月30日 北日本航空株式会社設立。
7月27日 朝鮮戦争休戦。
10月 ノースアメリカン YF-100が 1年 (215 km/hの速度記録樹立。
10月24日 コンベア YF-102が初飛行。
11月30日 東亜航空株式会社設立。
1954年 4月1日 イギリス空軍によるスピットファイアの最後の任務飛行が行われる。マラヤでの写真偵察任務だった。
8月 垂直離着陸可能な試作戦闘機、コンベア XFY ポゴが初の自由飛行を行う。
1955年 10月22日 F-105 サンダーチーフが初飛行。
  初飛行した機体: フォッカー F27
1956年   コンベア F-106が初飛行。
  アイヴェン C. キンチェロー大尉の操縦するベル X-2 実験機が高度38年 (466 m (126年 (200 ft) に達する。
1957年   MiG-21が初飛行。
  3機のボーイング B-52 ストラトフォートレスが、ターボジェット機による初の無着陸世界一周飛行に成功。平均速度859 km/hで45時間19分かかった。
3月20日 デ・ハビランド シービクセンが初飛行。
10月4日 ソ連、スプートニク1号打ち上げ。
1958年   日本ヘリコプター輸送、極東航空と合併し、全日本空輸となる。
  ガルフストリーム設立。
1月 富士重工(旧、中島飛行機)、国産初のジェット練習機T-1初飛行。
2月 DARPAが誕生する。
5月18日 ロッキードのF-104Aが2年 (260 km/hの速度記録樹立。
9月 インターフルク(Interflug: 東ドイツ国営航空)が創立される。
  航空自衛隊のアクロバットチームブルーインパルス(初代)発足
  初飛行した機体: アブロ・カナダ CF-105アロー、ブラックバーン バッカニア。
1959年   アメリカ空軍のコンベアB-36爆撃機が退役する。
1960年   イギリスが開発した世界初の実用垂直離着陸機、ホーカー・シドレー ハリアーが初飛行。
  ベトナム戦争が始まる。
  アメリカ空軍のロバート・ホワイト少佐が操縦する、ノースアメリカン X-15 極超音速ロケット実験機が高度41年 (600 m (136年 (500 ft) に到達。
  アメリカ空軍のジョセフ・キッティンガー大尉(後に大佐)が、パラシュート降下の高度と、降下時間の世界記録を達成。プロジェクト・エクセルシオにおいて、高々度パラシュート脱出システムの試験中のことだった。
1961年 11月22日 マクダネル・ダグラス F-4 ファントムIIが世界速度記録 2年 (585 km/h を樹立。
4月12日 ボストーク1号打上げ。ユーリ・ガガーリンが初の有人宇宙飛行を行う。108分間の飛行中に地球を1周した。
1962年 8月30日 日本航空機製造 YS-11が初飛行。
  ジョセフ・ウォーカーが操縦するX-15が高度100 kmに到達(一般的に高度100 km以上は宇宙とされる)。
1963年 9月14日 三菱重工 MU-2が初飛行。
  ジョセフ・ウォーカーがX-15Aの高度記録を106年 (010 m (347年 (800 ft) へと更新。
1964年   攻撃ヘリコプター Mi-24がテストフライトを行う。
3月7日 ハリアーの原型、ケストレルが初飛行。
4月15日 日東航空、富士航空、北日本航空が合併、日本国内航空となる。
11月4日 BOACが運航するホーカーシドレー トライデントが、濃霧の中で、旅客機として初めて無視界自動着陸を行う。
12月11日 ロッキード SR-71ブラックバードが初飛行。
1965年   北爆開始でベトナム戦争が本格化
  YS-11が運航を開始。
  シコルスキー SH-3A シーキングが、ヘリコプターによる初の無着陸北米横断飛行を行う。飛行距離は3年 (405 km。
1966年 2月4日 全日空727、東京湾に墜落(133人死亡)
3月4日 カナダ太平洋航空DC-8、羽田空港防潮堤に激突(64人死亡)
3月5日 イギリス海外航空707、富士山上空で空中分解し墜落(124人死亡)
11月13日 全日空のYS-11、松山空港沖に墜落(50人死亡)
  プエルトリコ国際航空 (Prinair) が運航を開始。
1967年   X-15が7年 (295 km/h (Mach 6.1) の速度記録を達成。
  初飛行した機体: BAE ニムロッド
1月27日 アポロ1号が地上試験中に火災を起こし、乗員3人全員が死亡。
4月24日 ソユーズ1号が大気圏突入後に墜落、乗員が死亡。
1968年 12月24日 アポロ8号が月周回飛行に成功。
12月31日 ソ連のジュコフスキーで、超音速旅客機ツポレフ Tu-144が初飛行。
1969年   ブラジルの航空機メーカー、EMBRAER(エムブラエル)が設立される。
2月9日 ボーイング747が初飛行。当時最大の旅客機。半世紀以上に渡って生産が続けられたボーイングのロングセラー機。
3月2日 イギリスのブリストルで、コンコルドが初のテストフライトを行う。
7月17日 サッカー戦争 エルサルバドル空軍、ホンジュラス空軍間にて世界史上最後のレシプロ戦闘機による空戦が行われる。
7月 イギリス空軍の第1飛行隊が、世界初のVTOL機装備飛行隊となる。
7月20日 アポロ11号が月に着陸する。
  初飛行した機体: FMA IA 58 プカラ。
1970年   2機のシコルスキー HH-53C ヘリコプターが、空中給油を利用して14年 (484 kmに及ぶ無着陸太平洋横断飛行を達成。
3月31日 よど号ハイジャック事件が起きる。
9月11日 ブリテン・ノーマン トライランダーが初飛行。
1971年 5月15日 日本国内航空、東亜航空が合併、東亜国内航空となる。
6月18日 サウスウエスト航空が運航を開始。
6月29日 ソユーズ11号、大気圏突入直前に空気漏れを起こし、乗員3人全員が死亡。
7月3日 東亜国内航空YS-11「ばんだい号」函館市北方横津岳山腹に墜落(68人死亡)
7月20日 三菱重工、日本初の超音速ジェット練習機XT-2初飛行。
7月30日 岩手県雫石町上空で全日空機と自衛隊機空中衝突(全日空機側162人死亡)
1972年   マクダネル・ダグラス F-15 イーグルが初飛行。
  フェアチャイルドリパブリック A-10 サンダーボルトII が初飛行。
  セスナが世界で初めて総生産機数10万機を達成。
1973年   Icelandairが設立される。
  初飛行した機体: PZL M-15 ベルフィゴール
1974年   ジェネラルダイナミクス F-16 ファイティングファルコンが初飛行。
  ロックウェル B-1B ランサーが初飛行。
  SR-71が2時間以下での大西洋横断に成功。
  ブリティッシュ エアウェイズが誕生する。
8月14日 トーネードIDSが初飛行。
1975年   ベトナム戦争終結。
  特別に改造されたF-15 ストリーグ・イーグルが、静止状態から高度30年 (000 m (98年 (425 ft) までの上昇時間 3分27秒という世界記録を樹立。
2月22日 Su-25の原型機 T-9 が初飛行。
1976年   BAeとシュドによる超音速旅客機 コンコルドが、エールフランスとブリティッシュ エアウェイズの定期路線に同時に就航。
  SR-71が速度記録 3年 (529 km/hを達成。
1977年 3月27日 テネリフェ島のテネリフェ空港で、ボーイング747同士が滑走路上で正面衝突、583人が死亡(テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故)。
5月20日 Su-27の原型機 T-10 が初飛行。
8月23日 ポール・マクレディ設計の人力飛行機、「ゴッサマー・コンドル」が、180度の方向転換を含む2.1kmの飛行に成功しクレーマー賞を獲得。
9月28日 ダッカ日航機ハイジャック事件が起きる。
10月6日 MiG-29の原型機 プロダクト9 が初飛行。
1978年 3月10日 ミラージュ2000が初飛行。
5月20日 新東京国際空港(現、成田国際空港)が開港
  マクダネル・ダグラスが、5年 (000機目の F-4 ファントムII 戦闘機を納入。原型初飛行からは20年が経っていた。
11月18日 F/A-18が初飛行。
1979年 6月12日 ポール・マクレディ設計の人力飛行機、「ゴッサマー・アルバトロス」がドーバー海峡横断に成功。
  攻撃機 A-4 スカイホークの26年にわたる生産が終了。最終となる2年 (690機目はアメリカ海兵隊へ納入された。
1980年 8月7日 太陽電池発電を動力とするゴッサマー・ペンギンが、ジャニス・ブラウンの操縦で3.2kmの飛行に成功。設計はポール・マクレディ。
1981年 7月7日 太陽電池発電を動力とするソーラー・チャレンジャーが、ドーバー海峡横断に成功。
  ステルス攻撃機、ロッキード F-117が初飛行。
  スペースシャトルが初の打ち上げ。地球周回軌道に乗る(ミッション名 STS-1)。
1982年   フォークランド戦争が起きる。
  パンナムのボーイング 727が米国ルイジアナ州Kennerで墜落。
1983年   サーブ340の原型機、SF340が初飛行
  オーストラリア人ディック・スミスがヘリコプターによる初の単独世界一周飛行を達成。ベル ジェットレンジャーIII"Australian Explorer"による飛行距離は56年 (742 kmに及んだ。
1984年   ヴァージンアトランティック航空が運航を開始。
1985年   トランス・ワールド航空のボーイング 727が地中海上空でハイジャックされる。
  安売り航空会社、ライアンエアが設立される。当初は安売りでなくフル・サービスを行っていた。
8月12日 日本航空のボーイング 747が群馬県の山中に墜落(日本航空123便墜落事故)。乗員乗客524名のうち、520名が亡くなった。
1986年   ダッソー ラファールが初飛行。
1月28日 スペースシャトル チャレンジャーが打ち上げ直後に爆発、乗員7人全員が死亡(チャレンジャー号爆発事故)。
12月 バート・ルータン設計のヴォヤージャー(ボイジャー)が世界初の無着陸無給油世界一周飛行を達成。
1987年   西ドイツの19歳のパイロット、マチアス・ルストがセスナ 172(軽飛行機)でモスクワの赤の広場に着陸。
11月29日 大韓航空機爆破事件が起きる。
1988年 4月1日 東亜国内航空が日本エアシステムと商号変更。
4月24日 人力飛行機「ダイダロス'88」が飛行距離115.58km、飛行時間3時間54分59秒のFAI公認世界記録樹立。
  サーブ 39 グリペンが初飛行。
  ターボプロップ双発の旅客機、ATR 72が初飛行。
12月21日 パンナム103便がスコットランドのロッカビーで爆発(パンアメリカン航空103便爆破事件)。
1989年 7月17日 ノースロップ・グラマン B-2が初飛行。
12月10日 初の人力ヘリコプター「ダビンチIII」離陸、滞空時間7.1秒、高度20cm。
12月 アメリカ軍がパナマに侵攻、F-117Aが初めて実戦で使用される
  ATR 72がカールエアで運航され始める。
1990年 8月 湾岸戦争が始まる。
  ロッキード・マーティン F/A-22 ラプターが初飛行。
  2機の新たなエアフォースワン(VC-25、747-200B改造機)の1機目が引き渡される。
1991年   パンアメリカンワールドエアラインズ(パンナム)が操業停止。財政難により、73年の歴史を閉じた。
1992年   ヨーロッパの大手ヘリコプターメーカー、ユーロコプター誕生。
3月26日 スウェーデンのターボプロップ双発旅客機、SAAB 2000が初飛行。
10月16日 ニッキー・スミス大尉が、Shawburyの第89教育隊を卒業し、イギリス空軍初の女性ヘリコプターパイロットとなる。
1993年   1000機目のボーイング 747が製造される。初号機の製造から26年目のこと。
1994年 4月26日 中華航空(チャイナエアライン)機名古屋空港で着陸失敗(死者264名、中華航空140便墜落事故)
8月 第617飛行隊のジョー・サルター大尉が、イギリス空軍初の女性高速ジェット機パイロットとなる。乗機はトーネード GR.1B。
9月4日 関西国際空港が開港。
1995年 10月7日 三菱重工業のF-2(当時はXF-2)が初飛行。
  コンコルドが世界周回飛行の新記録記録を達成。ニューヨーク→トゥールーズ→ドバイ→バンコク→グアム→ホノルル→アカプルコを経て、31時間27分でジョン・F・ケネディ国際空港へと帰還した。
  アメリカ空軍・海軍共同初等練習機にT-6 テキサンIIが選定される。
1996年   ニューヨークの湾上でTWA 800便が爆発。
  7歳のパイロット、ジェシカ・ダブロフが記録飛行に挑戦して死亡。
1997年   ボーイング 777-300がロールアウト。73 m (242 ft) と、この時点では史上最長の旅客機となる(後にA340-600に抜かれる)。
1998年   ライアン RQ-4A グローバルホーク無人機が初飛行。
1999年   熱気球 ブライトリング オービター 3が、気球としては初の無着陸世界一周飛行に成功。同時に、航空機の最長飛行記録である40年 (804 kmを達成。
11月22日 T-33A入間川墜落事故。
2000年 6月10日 ヨーロッパの巨大軍事航空企業、EADSが誕生。
7月25日 エールフランスのコンコルド(4590便)が、フランスで離陸直後に火災により墜落。乗員9人、乗客100人全員と、地上にいた4人が死亡。コンコルド引退のきっかけとなった。(コンコルド墜落事故)
2000年   初飛行した航空機: アダム M-309
2001年 2月 MD-11の生産が終了する。
3月29日 ボーイングの副社長で同民間航空機部門CEOのアラン・ムラリーが高速・長距離旅客機の構想を発表。後日、ソニック・クルーザーと命名される。カナード付きの斬新な機体形状で、巡航マッハ数は0.95またはそれ以上という意欲的なプログラムだったが、2002年12月20日に計画中止が発表された。
4月 RQ-4が、アメリカのエドワーズ空軍基地からオーストラリアへ、自動操縦による無給油・無着陸飛行を行う。無人機による史上最長の飛行で、23時間23分かかった。
9月11日 アメリカン航空とユナイテッド航空のそれぞれ2機の旅客機がハイジャックされる。2機は世界貿易センタービルに激突、1機はペンタゴンに突っ込み、残りの1機はワシントンD.C.郊外に墜落した。3年 (000人以上が死亡(アメリカ同時多発テロ事件)。
2002年   ボーイングがステルス技術実証機、バード・オブ・プレイを公開。1996年 - 1999年にかけて多数の飛行試験を行っていた。
12月20日 ボーイングがソニック・クルーザーの計画中止を発表。代わりに、従来型で高効率を狙った 7E7の構想を発表。
2003年 2月1日 スペースシャトル コロンビアが大気圏への再突入時に空中分解。乗員7人全員が死亡(コロンビア号空中分解事故)。
  フィナ航空 (Fina Air) がプエルトリコで運航を開始。
5月25日 ボーイング727がアンゴラでパイロットのBen Charles Padillaを乗せたまま謎の失踪。
6月15日 ボーイングがル・ブールジェで開催中のエアショー会場で7E7の愛称をドリームライナーに決定したと発表。
10月24日 コンコルドが最後の商業定期飛行を行う。
10月 コンピュータ制御の模型飛行機による、初の完全自律大西洋横断飛行。
11月26日 コンコルドが最後の飛行を行う。its farewell fly-the-flag flights.
12月17日 ライト兄弟のフライヤー Iが初飛行した100年後の同じ日に、スペースシップワンが有人民間機として初めて音速を突破。
12月25日 ベナンでUTA航空141便が墜落。5月に失踪したボーイング 727ではないかという噂が広まる。
  ホンダジェット初飛行
2004年 3月27日 NASAのX-43(小型無人実験機)が、空気吸い込み式エンジンの世界記録を更新。約7年 (700 km/h(音速の7倍)近くまで、ブースタのペガサスロケットで加速したのち、プラスの推力を出したものとみられる。
4月1日 日本航空株式会社が株式会社日本航空インターナショナルに、株式会社日本エアシステムが株式会社日本航空ジャパンに、それぞれ商号変更。
4月26日 ボーイングが、787の開発を正式に決定。
7月21日 スペースシップワンが高度100kmを超え、民間開発の機体としては初の宇宙船となる。
11月16日  NASAのX-43(小型無人実験機)が時速12年 (144 km(7年 (546 mph、マッハ9.8)で空気吸い込み式エンジンの世界記録を更新した。
2005年 1月28日 ボーイングが、7E7の公式型番を787に設定したと発表。
2月17日 中部国際空港(セントレア)が開港.
3月3日 スティーブ・フォセットがヴァージン・アトランティック・グローバルフライヤーにより初の単独での無着陸無給油世界一周飛行に成功。
4月27日 エアバスA380が初飛行。離陸時重量421トン(民間旅客機で過去最大)。2007年10月25日にシンガポール航空が運用開始。
2006年 2月16日 神戸空港が開港。
3月15日 旧北九州空港が閉港。
3月16日 新北九州空港が開港。
9月28日 スワンナプーム国際空港が開港
2007年 8月8日 ヴァージン・アメリカが運行を開始。
9月3日 チョークス・オーシャン・エアウェイズが運航停止。当時世界最古の航空会社だった。
10月25日 エアバスA380がシンガポールとシドニーとの間の初の商業飛行を開始。
2008年 1月17日 ロンドン・ヒースロー空港で、ブリティッシュ・エアウェイズ38便ボーイング777が失速し滑走路手前の緑地に着陸、左主翼などを破損し、17人が負傷。→ブリティッシュ・エアウェイズ38便事故
2009年 1月15日 ハドソン川に、USエアウェイズ1549便エアバスA320-214が不時着水。→USエアウェイズ1549便不時着水事故
3月23日 成田国際空港で、フェデックス80便マクドネル・ダグラス MD-11F貨物機が着陸に失敗。→フェデックス80便着陸失敗事故
2010年 3月11日 茨城空港が開港
3月26日 新千歳空港の国際線ターミナルが供用開始。
7月1日 全日本空輸の子会社のエアーニッポンが株式会社ANA&JPエクスプレスを吸収合併した。
9月28日 日本航空が成田-ニューヨーク経由サンパウロ線を廃止。
2011年 3月1日 日本航空インターナショナル(現・日本航空)がボーイング747-400型機(ジャンボ、国際線仕様)をホノルル発東京/成田行き、沖縄/那覇発東京/成田行きの運航をもって退役。
3月11日 東日本大震災の影響により、いわて花巻空港がターミナルビル損傷、仙台空港が冠水、茨城空港がターミナルビル中央部分の天井の落下にて、それぞれ空港を閉鎖。
3月14日 茨城空港の運用を再開。
3月16日 いわて花巻空港の民間航空便を再開。
4月13日 仙台空港の運用を再開。
2012年 3月6日 タイ・バンコクのドンムアン空港の運航を再開。
6月4日 シンガポール航空が設立したLCCスクートが就航開始。
11月14日 広島西飛行場が廃港。
2013年 3月30日 日本航空のMD-90型機が退役。
6月14日 エアバスA350XWB型機が初飛行。
2014年 3月5日 ガルーダ・インドネシア航空が、スカイチームに正式加盟。
3月8日 クアラルンプール発北京/首都行きのマレーシア航空 MH370便が消息不明となる。→マレーシア航空370便墜落事故
3月31日 全日本空輸のB747-400D型機が退役。
5月1日 スリランカ航空が、ワンワールドに正式加盟。
10月1日 日本航空がJALエクスプレスを吸収合併。
2015年 2月1日 ヴァージン・アトランティック航空が成田発ロンドン行901便を最後に日本路線から撤退。
2月5日 トランスアジア航空GE235便(ATR 72-600)が松山空港(台北市)を離陸直後に墜落。→トランスアジア航空235便墜落事故
3月24日 ジャーマンウイングス9525便がフランスのアルプス山脈に墜落。→ジャーマンウイングス9525便墜落事故
4月14日 アシアナ航空のエアバスA320型機が、広島空港に着陸時に滑走路を逸脱。→アシアナ航空162便着陸失敗事故

イエズス会:イグナチオ・デ・ロヨラやフランシスコ・ザビエルらによって創設された、キリスト教、カトリック教会の男子修道会。

オーニソプター:鳥やコウモリのように翼をはばたかせることによって浮力・推進力を得る形式の航空機。航空機開発の初期において、レオナルド=ダ=ビンチをはじめ、はばたき型の飛行機械が考案されたが、いずれも実現に至らず、固定翼機が主流となった。

オスマン帝国:テュルク系のオスマン家出身の君主を戴く多民族帝国。15世紀には東ローマ帝国を滅ぼした。

カタパルト:火薬、蒸気力、スプリングなどを利用して、狭い場所から航空機を発進させる装置。

コンコルド:イギリスとフランスが共同開発した超音速ジェット旅客機。1969年初飛行、1975年就航。2003年10月、商業運航を終了。

シカゴ条約:国際民間航空条約。第2次世界大戦末期の1944年,連合国,中立国52ヵ国の参加を得て,シカゴで開催された国際会議で採択された戦後の民間航空運営のための基本条約。

パリ国際航空条約:1919年 10月 13日パリで署名された国際航空の基本条約。国家の領空権を明確にした。 44年の国際民間航空条約の成立とともに廃止。

ファットマン:1945年8月9日,アメリカ軍によって長崎に落されたプルトニウム原子爆弾の呼び名。長さ約 3.5m,直径 1.52m,重量約 4.5t。爆発威力は TNT換算約 20ktといわれた。

フォークランド戦争:1982年4〜6月,アルゼンチン沖のフォークランド諸島の領有をめぐるイギリスとアルゼンチンの武力衝突。

ベトナム戦争:アメリカとサイゴン政権を一方とし、北ベトナムと南ベトナム解放民族戦線を他方として、十余年にわたり、第二次世界大戦後最大の規模で戦われ、戦後秩序の変容を促した大きな戦争。

よど号ハイジャック事件:昭和45年(1970)に起きた日本で最初の航空機ハイジャック事件。模造拳銃や日本刀などで武装した共産主義者同盟赤軍派の活動家9人が、東京発福岡行きの日本航空機を乗っ取り、乗員・乗客129人を人質に取って、北朝鮮へ向かうよう要求。福岡空港および韓国の金浦空港で乗客と客室乗務員を開放した後、平壌郊外の美林ミリム飛行場に着陸させ、亡命した。

リトルボーイ:1945年8月6日,米軍のB29爆撃機〈エノラ・ゲイ〉によって広島に投下された原子爆弾の通称。ウラン235を約60kg搭載,長さ3m,直径0.7m,重さ約4t,TNT火薬にして約13キロトンもの爆発力を有する。午前8時15分17秒に投下,43秒後に地上580m±15m地点で爆発したことが,エノラ・ゲイと編隊を組んだ計測機の記録から判明している。

音速:音波の速さ。空気中を伝わる速さは、セ氏零度で毎秒約331.5メートル、1度温度が上昇するごとに0.6メートルずつ増し、水中では毎秒約1500メートル。

火箭:火をつけて射る矢。火矢。敵の物資、建物、船などを焼いたり、味方との信号に用いる。

金:中国の北半を支配した女真族の征服王朝。国姓は完顔氏。

三葉機:主翼が三重になっている飛行機。第一次世界大戦で単座戦闘機として用いられた。

修道士:修道誓願を立て禁欲的な信仰生活をする人、ことに男性のこと。女性の場合は「修道女」。

蒸気機関:蒸気の熱エネルギーを機械的な仕事に変換する原動機関。一般にはボイラーで発生させた蒸気の圧力でシリンダーの中のピストンを動かし、その運動で動力を得る往復動機関をいう。

太平洋戦争:第二次世界大戦の一環として,1941年12月8日から45年8月15日まで太平洋一帯で戦われた日本とアメリカ・イギリス・中国など連合国との戦争。

大韓航空機爆破事件:1987年 11月 29日,イラクのバグダードから韓国へ向った大韓航空機 858便が,ビルマの南方海上で消息を絶った事件。

第一次世界大戦:1914年7月28日から1918年11月11日にかけて、連合国と中央同盟国との間で繰り広げられた世界大戦。

朝鮮戦争:大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の間で生じた、朝鮮半島の主権を巡る国際紛争。

内燃機関:シリンダなど機関内においてガソリンなどの燃料を燃焼させ、それによって発生した燃焼ガスを用いて直接に機械仕事を得る原動機をいう。

二宮忠八:明治時代の航空機研究者。陸軍従軍中の1889年、「飛行器」を考案。その翌年には、ゴム動力による「模型飛行器」を製作。

風洞実験:建築物周辺の風の挙動、建築物に作用する風力、風による建築物の振動等を知るための実験。

零式艦上戦闘機:第二次大戦中の旧日本海軍の主力戦闘機。最大時速518キロ、航続距離2220キロ。1万余機が生産された。通称、零戦れいせん、ゼロ戦。

フォークランド戦争:大西洋のイギリス領フォークランド諸島の領有を巡り、1982年3月からイギリスとアルゼンチン間で3ヶ月に及んだ紛争。

伊土戦争:イタリアが北アフリカのオスマン帝国トリポリ、キレナイカ併合を目的として起こした侵略戦争。

大韓航空機爆破事件:1987年11月29日に大韓航空の旅客機が、北朝鮮の工作員によって飛行中に爆破されたテロ事件。

攻撃ヘリコプター:地上攻撃を専門として設計されたヘリコプターである。重機関銃や機関砲のほか、ロケット弾や空対地ミサイルや対戦車ミサイルを主な装備としている。地上部隊を支援する近接航空支援や、対戦車戦闘に非常に有用であるとして、1960年代から各国で本格的に開発が始まった。

垂直離着陸機:前方に滑走することなく、垂直方向に離着陸する事ができる航空機。VTOL機とも呼ばれる。

V1飛行爆弾:第二次世界大戦でドイツが開発したミサイル兵器。パルスジェットエンジンを搭載していて、現在の巡航ミサイルの元祖とも言える兵器である。ジャイロスコープや気圧高度計によって自動で飛行して、設定された目標に着弾する。発射されたV1飛行爆弾は2万発を超えると言われている。

飛行艇:水面から発着できる飛行機のうち、胴体部分が船のようになっていて、水面に接するように設計された飛行機のことを飛行艇という。1930年代頃はまだ航空技術が未発達で、世界各地の飛行場の整備が不十分であったため、大型の機体が降りられない飛行場も多く、海上や水上ならどこでも離発着できる水上機や飛行艇が盛んに開発された。

チャック・イェーガー:アメリカ陸軍及びアメリカ空軍の軍人で、実験機X-1でマッハ1.06を記録して、公式記録において世界で初めて音速を超えた人物として知られている。

ライアン RQ-4A グローバルホーク:ライアン・エアロノーティカル社によって開発された無人航空機。攻撃能力は持っておらず、各種センサーやカメラなどを多数搭載した偵察機である。イラク戦争で実戦に投入されている。

アルフォンス・ペノー:19世紀フランスの航空の先駆者。パリ生まれ。イギリスのジョージ・ケイリー卿と並んで、近代航空工学の創始者と評価されている。1870年代に優れた模型飛行機を完成させ、後に少年期のライト兄弟に影響を与えた。

アルベルト・サントス・デュモン:ブラジル出身の発明家、飛行家。ヨーロッパの航空のパイオニアであり、主に飛行船の造船で有名。さらに、飛行機の公開実験にも成功しヨーロッパ初の飛行機製作者となっている。ブラジルでは飛行機の父、飛行機王と呼ばれるほど偉大な発明家であり、未完に終わったもののヘリコプターをも開発していたことで知られる。

ウマイヤ朝:イスラム史上最初の世襲イスラム王朝である。大食(唐での呼称)、またはカリフ帝国やアラブ帝国と呼ばれる体制の王朝のひとつであり、イスラム帝国のひとつでもある。

ジャック・シャルル:フランスの発明家、物理学者、数学者、気球乗り。1783年8月、ロベール兄弟と共に世界で初めて水素を詰めた(有人)気球での飛行に成功。同年12月には有人気球で高度約1,800フィート(550メートル)まで昇った。

ジョージ・ケイリー:イギリスの工学者で、「航空学の父」とも称される航空の先駆者である。航空工学の初期の研究を行なうとともに、グライダー模型・有人のグライダーを製作した。固定翼機のほかに回転翼機も着想し、模型を製作した。

デュ・タンプル:フランスの海軍軍人、発明家。幾つかの飛行機械を開発し、これは歴史上で最初(ライト兄弟の初飛行1903年よりも29年早い1874年)の動力飛行だとされることもある。

ハイラム・マキシム:アメリカ合衆国メイン州サンガービル出身の発明家である。姓はマクシムとも。LIFE誌が1999年に選んだ「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」に選ばれている。

リチャード・ピアース:ニュージーランドの発明家。航空に関する数々の先駆的な実験を行なった。表記はリチャード・パースとも。

王立航空クラブ:イギリスの国内スポーツ団体である。1901年に「イギリス飛行クラブ」(Aero Club of Great Britain)として設立され、1910年に王立飛行クラブ(Royal Aero Club)と改称された。

玉虫型飛行器:有人飛行を前提にした飛行機。無尾翼の複葉機で、下の翼(上の翼に比べると小さい)は可動であり操縦翼面として働く設計だった。烏型と同様に四枚羽の推進式プロペラを機尾に備えていたが、動力源については未解決であった。

軟式飛行船:内部支持構造や竜骨を持たない飛行船のことである。気嚢の形態を維持するための恒久的な支持構造ばかりか部分的な竜骨さえも持たない点で、半硬式飛行船や硬式飛行船(ツェッペリン飛行船など)と区別される。

半硬式飛行船:部分的な支持構造を持つ飛行船である。半硬式飛行船は、外皮の下に縦軸に沿って、硬い、ないし、ある程度の柔軟さのある「竜骨」を持つ。

矢頭良一:日本の発明家。「漢字早繰辞書」や自働算盤と呼んだ機械式計算機を発明し、これらの製造・販売で得た資本をもとにして中学校時代から興味を持った鳥類の飛翔を研究し、動力航空機の発明を試みたが31歳で没した。

FFVS J22:第二次世界大戦中に造られたスウェーデンの戦闘機。第二次世界大戦に際してスウェーデンは中立を保ったため、アメリカなど他国からの戦闘機の輸入は、必ずしも順調に行えなえず、自国での軍用機開発がこころみられた。1000馬力級の非力なエンジンで、575km/hの最高速度というかなりの高性能機で、「エンジン馬力に比率して世界最高速の航空機」と呼ばれた。戦後のスウェーデンの航空産業の発展の元になった機体である。

ブリストル ブラバゾン:イギリスのブリストル飛行機が開発した大型旅客機。翼幅は70.1 mとボーイング747を越え、エアバスA380に迫る大型機だった。上流階層向け超高級旅客機として、空飛ぶ豪華客船というコンセプトで設計されたものの、航空会社の興味を引くことが出来ず、完成していた試作機1号機と未完成の2号機のみで計画は中止された。

ベル XP-59A:アメリカ合衆国のベル社が開発し、第二次世界大戦後にアメリカ陸軍航空軍等で使用された双発単座ジェット戦闘機。運動性が低く、速度もレシプロ戦闘機に劣るものであったため、主に試験機として使用された。

カプロニ Ca4:イタリアのカプロニ社が開発した爆撃機。翼が3枚あり、エンジンが3基ある3発3葉機であり、2本の胴体の先端にそれぞれエンジン2基と、乗席の後端にプッシャー式のエンジン1基を設けるという特異な配置をしている。

サーブ 29 トゥンナン:スウェーデンのサーブ社が開発・製作したジェット機。戦闘機型、写真偵察機型、攻撃機型の3タイプが開発された。1948年というジェット機の黎明期に開発が始まった機体も関わらず、戦闘・攻撃・偵察の3つの異なる任務をこなすマルチロール機を目指して開発されるという、とても先見の明がある機体となっている。

ビーチクラフト スタッガーウィング:ビーチクラフト社が製作した最初の機体。複葉機で、2枚の主翼のうち上翼が下翼より後ろにあるという、複葉機の常識から外れた特徴的な形をしている。

ブローム・ウント・フォス BV 141:第二次世界大戦中に試作された偵察機。コクピットが機体の中央ではなく、右主翼の中ほどにあるというとても変わった形をしていることで有名な機体である。この形は、ドイツ航空省の要求である「良好な視界を持つ単発三座偵察機」を実現するためのものであった。左右非対称の形にもかかわらず、安定性や操縦性に問題はなく、要求通り良好な視界を確保していたが、不採用に終わっている。

スーパーマリン ウォーラス:イギリスのスーパーマリーン社で開発された水陸両用偵察機。第二次世界大戦前後を通じて使用された。水上機ではあるが艇体脇に引上式の車輪を持ち、陸地での離着陸も可能であった。

デ・ハビランド DH.88 コメット:イギリスのデ・ハビランド社が制作したレース用飛行機。イングランド ー オーストラリア間の11,000マイル(約17,703 km)を踏破する長距離エアレース「マックロバートソン・エアレース」に参加すべく、このレースの専用機として開発された。

ドルニエ ワール飛行艇:クラウディウス・ドルニエの手により設計・開発が行われた、ドイツの全金属製双発飛行艇。原型機は第一次世界大戦の直後に完成したが、ドイツは第一次世界大戦に敗けた敗戦国であったため休戦条約によって破壊されてしまう。だがドルニエは諦めず設計図を持ってドイツを離れ、イタリアにCAMSAという名の会社を設立してイタリアで製造した。その後、スイスやスペイン・オランダ・日本の川崎造船所でもライセンス生産された。独創的なエンジン配置や機体構造などは革新的であり、ライセンス生産も含めた総生産数は約300機になった。

フィーゼラー Fi 156:フィーゼラー社によって開発・製造された航空機。ドイツ国防軍において、第二次世界大戦中のあらゆる戦線で、空中偵察、弾着観測、連絡、負傷兵輸送など、様々な用途で使用された多目的航空機である。短距離離着陸性能が優れており、離陸には向かい風で50 m、着陸には20 mで十分であった。

フーガ・マジステール:フランスのフーガ社で開発されたジェット練習機で、最初からジェットエンジンを動力とする練習機として開発された世界初の機体である。その優れた操縦性と燃費の良さから、ベルギー、イスラエル、ブラジル他多くの国に輸出された。軽攻撃機としても運用可能であり、コンゴ動乱ではカタンガ政府軍がコンゴ国連軍への攻撃に使用している。また第三次中東戦争ではイスラエル空軍が軽攻撃機として使用し、MiG-21と空中戦も行った。

マックロバートソン・エアレース:1934年10月におこなわれたイギリスとオーストラリアの間の長距離エアレースである。オーストラリアのビクトリア州の100年記念行事の一環として行われた。メルボルン市長の発案により、チョコレート王マクファーソン・ロバートソンが$75,000の賞金を提供した。

CF-105アロー:アブロ・カナダ社がカナダ空軍向けに開発を行っていた全天候要撃機。冷戦期において、ソ連の超音速爆撃機を迎撃するために、従来のアブロ・カナダ CF-100 カナックの後継機として開発が行われた。開発当時は世界最強の戦闘機とも評された。F-99 ボマークなどの地対空ミサイルの発達により、迎撃戦闘機の必要性を疑問視する声が生じ、開発費の高騰もあって、政権交代により1959年2月に計画は中止され、5機の試作機は廃棄された。本機の開発話を元に映画が製作された。

ウェストランド ライサンダー:第二次世界大戦期に、イギリスのウエストランド社が開発した航空機。イギリス陸軍の地上での作戦を支援する直協機(直接協同機、または直接協同偵察機)として開発された機体で、1936年6月に試作1号機が初飛行した。戦術偵察や着弾観測の任務や救援物資投下など様々な任務で活躍した。

カリーニン K-7:ソ連のカリーニン設計局で試作された大型航空機。爆撃機または民間旅客機としての使用を計画し、民間輸送機として使うときは巨大で厚い主翼の中に120人の乗客を乗せるという計画であった。1930年から設計が始められ、1933年8月に初飛行した。11月の飛行中に尾翼ブームが破損し墜落して15人の乗員が死亡した。1935年に計画は中止された。設計者のコンスタンティン・カリーニンが大粛清の犠牲となって1938年に逮捕・処刑されたのに伴い設計局も閉鎖された。

コンベアB-36爆撃機:アメリカ合衆国のコンヴェア社が開発しアメリカ空軍で運用された戦略爆撃機。大型の原子爆弾を搭載して、長距離飛行が可能な大型爆撃機として、1950年代を通じてアメリカ空軍の核戦略を支えた。1952年には後継となる大型ジェット爆撃機のボーイングB-52が初飛行し、1955年に配備が開始されたため、B-36は1959年には退役した。このため、活動した期間は10年前後と短い。

ダグラス D-558-1:アメリカ合衆国の実験機。愛称はスカイストリーク。当時の最高速度の世界記録を樹立し、遷音速飛行の研究に貢献した航空機である。印象としてはD-558-1の実績は、チャック・イェーガーとベル X-1の影に隠れているが、航空工学研究の面では短時間の超音速飛行に過ぎなかったX-1に対し、D-558-1は長時間の遷音速飛行によって重要な役割を果たしている。

ツポレフ ANT-9:1920年代後半に開発されたソ連のツポレフ設計局で開発された旅客機。「ソビエトの翼」と名付けられた機体は1929年にモスクワからベルリン・パリ・ロンドンなどの訪問飛行を行った。1929年5月1日に赤の広場で公開された。金属製の高翼3発機である。

ヒューズ H-4:アメリカのヒューズ・エアクラフトによって製造された飛行艇。初飛行は1947年で、1機だけが製作された。2019年に記録を塗り替えるまでは、長らく「世界で最も幅の広い航空機(世界で最も翼幅の大きい航空機)」であった。1947年11月2日に一度だけ、1分にも満たない時間ではあったが飛行した。現在は、オレゴン州マクミンヴィルのエバーグリーン航空博物館で展示されている。

ロックウェル B-1B ランサー:ロックウェル社が開発し、アメリカ空軍が運用している可変翼超音速戦略爆撃機。亜音速による超低空飛行で敵地奥深くまで侵攻し、搭載された電子妨害装置によって敵の防空網を無力化し、戦略核兵器を投下して核攻撃を行うための爆撃機として設計された。1994年に核攻撃任務から外され、現在配備の機体は全て核兵器搭載能力がない。近代化改装とともに通常兵器搭載能力・精密兵器搭載能力の向上が図られている。

エアスピード アンバサダー:1950年代はじめのイギリス・エアスピード社製の双発レシプロ旅客機。1947年7月10日に初飛行し1950年代を通して少数が運用された。本機が初飛行する頃には、既に高速なターボプロップ機の時代が到来していて、時代遅れだったため少数の生産に終わった。

グロスター ジャベリン:イギリスの航空機メーカー、グロスター・エアクラフト社がイギリス空軍向けに開発した戦闘機。試作機も含めると436機が生産された。輸出は一切行われず、全機がイギリス空軍で運用された。

デ・ハビランド DH.108 スワロー:イギリスによる高速飛行研究を目的とした無尾翼試験機で、音速を突破する成果を挙げた。しかし大変不安定な機体で、複数のパイロットを事故で失っている。3機製作されたが、全て事故で失われた。

ベル X-5:アメリカ合衆国のベル・エアクラフト社が開発した実験機で、飛行中に主翼の後退角を可変する機構をもった世界最初の航空機である。X-5は、広い速度域で使われる航空機に対する可変後退翼の利点を証明し、後々のF-111、B-1やF-14などへの可変後退翼の採用をもたらした。

ホーカー ハンター:イギリスの航空機メーカー、ホーカー社で開発されたジェット戦闘機。1960年代に戦闘機としての役目を終えたが、対地攻撃機型が1970年まで運用された。非常に優秀な機体で、機動性がよくて信頼性が高く非常に頑丈で、20カ国以上に採用された。

PZL M-15 ベルフィゴール:ポーランドで開発された農業用飛行機で、世界で唯一の複葉のジェット機である。レシプロエンジンを廃止して、ジェットエンジンに統一することで、航空機に使用する燃料をジェット燃料に統一し、燃料供給の安定と運用コストの低下を図るという思想のもと開発された。本機は最大速度が200㎞という異例の低速で「世界最低速のジェット機」「世界で最も遅いジェット機」であると言われている。

フェアチャイルドリパブリック A-10 サンダーボルトII:フェアチャイルド・リパブリック社が開発した攻撃機。アメリカ空軍初の近接航空支援専用機である。1950年代ー1960年代にかけて核兵器運用を最重要視していたアメリカ空軍は、地上軍に対する航空支援や、地上攻撃を軽視していた。しかしベトナム戦争においてその重要性を認識することになったアメリカ空軍が、近接航空支援を行うことのみに特化させた機体として開発したのが、A-10 サンダーボルトIIである。

フォッケウルフ Fw190:ドイツのフォッケウルフ社が開発し、第二次世界大戦時にドイツ空軍などで運用された戦闘機。設計責任者はクルト・タンクで、メッサーシュミット社が開発したBf109戦闘機とともに第二次世界大戦におけるドイツ航空戦力の主力を担った。機体が頑丈で発展性に余裕があり、戦闘爆撃機型や対爆撃機型、高速偵察機型など様々な派生型が生産された。

メッサーシュミット Me 163:第二次世界大戦時にドイツ空軍が開発した航空機史上唯一の実用ロケット推進戦闘機。驚異的な上昇力や速度を持っていたが、約8分しか飛行することが出来ず、ロケットエンジンの信頼性も低く、爆発や故障による不時着や墜落が続発する取り扱いが難しい機体だった。

メッサーシュミット Me 262:ドイツのメッサーシュミット社が開発し、第二次世界大戦末期にドイツ空軍で運用されたジェット戦闘機。世界初の実戦配備および実戦を行ったジェット機である。優れた速度や上昇力など同時代の航空機を圧倒する性能を持っていたが、エンジンの信頼性の低さや運用の難しさなど欠点も多かった。

ベル X-2:アメリカ合衆国でベル・エアクラフト社によって開発された超音速実験機で、2機が製作された。エンジンはロケットエンジンを搭載していた。2機とも事故で失われたため、実験は終了した。

フレットナー Fl 282:ドイツのアントン・フレットナーによって開発されたヘリコプターで、世界で最初に実戦投入されたヘリコプターである。予定では1000機生産されることになっていたが、工場が爆撃され量産は実行されなかった。

He 162:ドイツのハインケル社が開発し、第二次世界大戦末期にドイツで運用された単発単座ジェット戦闘機。初期のジェット戦闘機の中では最も速く飛ぶことができ、戦局の悪化からアルミニウム不足をきたしたため、機体を合板で代用できる部分は代用したこと、単発ジェットエンジンを背負式に装着していることが主な特徴である。

アラド Ar 234ブリッツ:ドイツのアラド社によって開発された、世界で初めてジェットエンジンを搭載した爆撃機。当初は偵察機として開発されて、敵地深くへ侵入する敵状偵察に威力を発揮した。B型以降は照準器が装備され、爆撃機としても使用できるようになり活躍した。高高度を700km/h以上の速度で巡航するAr 234は事実上捕捉不能で、貴重な写真偵察情報を幾度ももたらしたが、それを活用するだけの戦力はドイツには残されていなかった。

ビュッカー Bü 131:第二次世界大戦前のドイツの初等練習機。1932年に設立されたビュッカー社は、軽飛行機を専門に開発を行っていた。その第1弾としてドイツ空軍向けの初歩練習機として開発されたのが、Bü 131である。日本においては1938年(昭和13年)4月にイリス商会によって1機のBü 131Bが輸入され、日本海軍および陸軍が実験機として使用した。

ボート F5U フライングパンケーキ:アメリカ海軍の依頼でヴォート社が設計・試作した艦上戦闘機。円盤状の形状からフライング・パンケーキの愛称がつけられている。円盤翼の機体は翼面積が広いため失速しにくく、広い速度範囲で飛行できるという特性があることに着目したヴォート社により開発が進められた。試験飛行中のV-173は、その機体形状から未確認飛行物体(UFO)と誤認された記録があるとされる。

一〇〇式司令部偵察機:第二次世界大戦時の大日本帝国陸軍の偵察機。太平洋戦争開戦前の1941年から配備が行われ、1945年(昭和20年)の敗戦に至るまで帝国陸軍の主力戦略偵察機として使用された。本機は画期的な開発思想や高性能をもつ後の「戦略偵察機」の先駆的存在であり、また、そのスタイルの美しさから「第二次大戦で活躍した軍用機のうちで最も美しい機体の一つと評されている。

F-105 サンダーチーフ:アメリカのリパブリック社が開発した戦闘爆撃機。Fナンバーがついた戦闘機であるが、その高い爆撃能力で「FとBを付け間違えた」とさえいわれた。当時の単発戦闘機としては大きなエンジン出力を誇り、それを生かして機動力と搭載量を両立させた本機は、今でいうマルチロール機の先駆けである。

コンベア XFY ポゴ:コンベア社が試作した垂直離着陸戦闘機。機体を立たせた状態から、強力なターボプロップエンジンと2重反転プロペラでヘリコプターのように離陸して、空中で水平飛行に移るという仕組みだった。しかしその垂直離着陸方式は非常に困難であり、また既に超音速機の時代に入っていて、亜音速にも届かないこの機体では、同時代の戦闘機に及ばないのが明白なため、計画は中止された。

コンベア YF2Y シーダート:コンヴェア社が開発した水上ジェット戦闘機の試験機。緩降下時ではあったが音速を超えることが可能な唯一の水上機であった。飛行甲板を必要としないジェット水上機には大きな期待が寄せられていたが、問題やトラブルが多く計画は中止された。

フォッカー F27:オランダのフォッカー社が開発したターボプロップ双発旅客機である。機体構造がシンプルで頑丈で、小さな空港でも運用しやすい上、操縦も容易だったため、700機以上が生産されて、世界各地のローカル線で活躍した。

ブルースター F2A:ブルースター社が開発し、アメリカ海軍やフィンランド空軍などで運用された艦上戦闘機。アメリカ軍ではあまり目立った活躍はできなかった。しかし輸出先のフィンランド空軍ではソ連との戦闘において大活躍して、35人ものエースパイロットを生み出し「タイバーン・ヘルミ(空の真珠)」と賞賛された。

ラボーチキン La200:1940年代後半に開発されたソ連の全天候戦闘機。1949年に初飛行した。当時のジェットエンジンは、低推力なのに直径が大きくて、双発にするには機体を大型化する必要性があった。本機は機体を大型化させずに、小型戦闘機並みのサイズで双発にするために、2機のエンジンを胴体内で前後に並べて、前エンジンの排気口は主翼の下に設けるという前代未聞の設計をした機体であった。量産はされなかった。

九七式司令部偵察機:大日本帝国陸軍の偵察機。帝国陸軍初の司令部偵察機として、また事実上の世界初の戦略偵察機として太平洋戦争初期にかけ、後続機の一〇〇式司令部偵察機の登場に至るまで活躍した。

DARPA:アメリカ国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency)の略称。軍隊のための新技術開発および研究を行うアメリカ国防総省の機関である。

Su-25:スホーイ設計局で開発された攻撃機。近接航空支援用の対地攻撃機として1960年から開発が始まり、1975年に初飛行した。操縦席はチタン合金で補強されていたり、分厚いキャノピーなど非常に重装甲な構造になっている。世界各地の戦争や紛争に投入されており、現在も現役で運用されている。

サッカー戦争:1969年7月14日から7月19日にかけてエルサルバドルとホンジュラスとの間で行われた戦争である。1970 FIFAワールドカップ・予選における両国の対戦と関連付けた「サッカー戦争」の名称で知られている。100時間戦争、エルサルバドル・ホンジュラス戦争、1969年戦争とも呼ばれる。

トーネードIDS:イギリス、西ドイツ、イタリアが国際協同開発し、英・独・伊・サウジアラビアで運用されている戦闘攻撃機。主に航空阻止を主任務として、要撃、近接航空支援、艦艇攻撃、偵察など様々な任務をこなせるマルチロール機として多数の派生型が開発された。

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