製造販売から撤退する2001年までのセガの歴史


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* 2021/10/22.

出来事
1951年   『レメーヤー&スチュアート社』設立
駐留軍(在日米軍)の基地へ
『ジュークボックス』や『スロットマシン』の販売を開始。
1954年   『サービス・ゲームズ』に社名変更
1957年   「サービス・ゲームズ・ジャパン」に社名変更
1960年   『サービスゲームズジャパン』分社化。
営業部門の『日本娯楽物産』と
製造部門の『日本機械製造』とに分割新設。
7月 自社製ジュークボックス『セガ1000』が大ヒット
1964年 6月 営業部門の『日本娯楽物産』と
製造部門の『日本機械製造』再び統合。
1965年 6月 『口ーゼンーエンタープラィゼス』と合併して
『株式会社セガーエンタープラィゼス』となる。
1966年   アーケードゲーム『ペリスコープ』世界で大ヒット
1967年   『V&V社』から『中山隼雄』が独立後
『エスコ貿易』社設立
1969年   アメリカの『ガルフ・アンド・ウエスタン(G&W)』が資本参加
  アーケードゲーム『セガミサイル』『セガグランプリ』が大ヒット
1971年   国産初のピンボールとなる『フリッパーピンボール』発売
1972年   『アタリ社』からビデオゲーム『ポン』発売
1973年   アタリ『ポン』のコピーゲーム『ポントロン』
タイトーは『エレポン』とほぼ同時に発売。
1978年   アメリカのアーケードビデオゲーム会社
『グレムリン・インダストリー』を買収。
  タイトーの『スペースインベーダー』が社会現象に
『セガ』業界2位に転落
1979年   『中山隼雄』『セガ・エンタープライゼス』の副社長として入社
  『セガ』『エスコ貿易』を買収。
  『スペースインベーダー』ブームの終焉
6月 『ヘッドオン』を発表
12月 『モナコ・グランプリ』が大ヒット
  ナムコの『ギャラクシアン』が大ヒット
1980年   ナムコの『パックマン』が大ヒット
『セガ』は業界3位へ転落する
1981年   『フロッガー』発表
  『任天堂』から『駒井徳三』『セガ』へ入社
1982年   『アメリカ』の『ゲーム機市場』急落
1983年   アメリカの『セガ』の業績不振に
親会社『G&W』が『セガ』の売却を検討し始める
『中山隼雄』『セガ日本法人』
の買収の『交渉権』を取り付ける
4月 『ハングオン』『スペースハリアー』など数々の
ヒット作を生み出す『鈴木裕』入社
7月 セガ『家庭用ゲーム市場』に参入
『SC-3000』『SG-1000』を発売
『任天堂』『ファミコン』を同日発売
『家庭用ゲーム業界』の幕開け
  『CSK』の『大川会長』に出資により
『セガ』国産会社として独立
  セガ・ヨーロッパ設立
1985年   『新風俗営業法施行』により
ゲームセンターは、夜12時以降営業禁止に
  『セガ・マークIII』を発売
  ●世界初の体感ゲーム『ハングオン』『スペースハリアー』発表。
  SEGA of America設立
  UFOキャッチャー発売
1986年   セガ、株式を店頭公開
  体感アーケードゲーム機『スペースハリアー』と『アウトラン』発売。
1987年   『アフターバーナー』『アフターバーナーII』発表。
1988年   セガ、東証2部上場企業に
  家庭用ゲーム機初の16ビットマシン『メガドライブ』を発売
  アーケードゲーム機『テトリス』発売
1990年   セガ、東証1部上場企業に
  携帯型ゲームマシン『ゲームギア』発売
1991年   『ソニック』が海外で大ヒット、
『セガ』のイメージキャラクターになる。
1992年   3Dアーケードゲーム機『バーチャレーシング』発売
  アメリカで特許侵害をめぐりジョン・コイルと巨額裁判になる
1993年   『ホンダ』の『入交昭一郎』
『セガ』の副社長に就任
  『バーチャファイター』発表
  F1グランプリで『ウィリアムズ・ルノー』のスポンサードになる
1994年   『バーチャファイター2』大ヒット
次世代ゲームマシン「セガサターン/44800円」発売
  『セガサターン』発売
1995年   シール作成機『プリント倶楽部』発売
  物流部門をセガ・ロジスティクスサービスに分社。
1997年 1月 『セガ』と『バンダイ』の合併を発表
に。以後、両社は協力関係という形に落ち着く。
5月 『セガ』と『バンダイ』を合併解消する
  セガサターン『せがた三四郎』がイメージキャラクターに。
  東糀谷にあった赤井電機旧本社ビルを取得し、セガ本社3号館とする
1997年   セガの『中山隼雄社長』が副会長に
『入交昭一郎副社長』が社長に就任
1998年   『Dreamcast(ドリームキャスト)』発売
  DC互換基盤『NAOMI』発表
  経営破綻した『コンパイル』から『ぷよぷよ』の権利を買う
1999年   『中山隼雄』『セガ』を退職し
人材派遣会社「株式会社パソナ」の会長に就任。
  湯川専務『ドリームキャスト』の品不足の責任を取り常務に降格するも
年末にはセガ・ミューズの会長に就任。
3月 ●決算で特別損失330億円を計上し、
連結最終損益が約450億円の赤字になると発表。
経営再建へ、ソフト開発部門・アミューズメント施設事業・
ネットワーク事業部門をそれぞれ分社化
2000年   『セガ』と『マイクロソフト』
『X-BOX』の共同開発に関する交渉が決裂
  大川功、代表取締役会長兼社長就任
  アーケードゲーム機自社生産から撤退。
2001年   家庭用ゲーム機製造販売から撤退を表明
  『CSK』の『大川功』より850億円の個人資産の寄付を受ける。

ジュークボックス:内部に多数のレコードを内蔵し、硬貨を投入することで指定した曲を聞くことができる装置。

ペリスコープ:セガ・エンタープライゼス(後のセガ・インタラクティブ)が1966年に発売したアーケードゲーム。筐体前面に設置された潜水艦の潜望鏡を覗き、横にスクロールする船に向かって魚雷を発射するシューティングゲーム。

湯川専務:日本の実業家、湯川 英一(ゆかわ ひでかず)。ドリームキャストのCMに出演し、一般的には湯川専務、湯川元専務として知られている。

ヘッドオン:1979年にセガ・エンタープライゼスが業務施設(ゲームセンターなど)用、いわゆるアーケードゲームとして稼働を開始したテレビゲーム。テレビゲームの歴史においては、ドットイートゲームの原初作として知られている。

ハングオン:1985年にセガが発売したアーケードゲーム。同社が展開する体感ゲームの第1弾である。GP500をモチーフにした、バイクレースゲーム。

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