ゴローニン事件事件解決の立役者高田屋嘉兵衛の歴史


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* 2021/10/18.

西暦 和暦 出来事
1769年 明和 6 ・元旦・淡路国、淡路島都志本村(現兵庫県津名郡五色町都志)百姓弥吉の子、6人兄弟の長男として生まれる。幼名菊弥
1781年 天明元 <嘉兵衛13歳>・親戚の家で商業や漁業に従事する。瓦船に乗組み初めて本土大阪を見る。
1790年 寛政 2 ・兵庫の親戚、船頭堺屋喜兵衛を頼り、下関まわりの船の船乗りとなる。
1792年 寛政 4 ・若干24歳で船頭に昇進し、兵庫の西出町に所帯を持ち、店を開き、下関、長崎まで手を伸ばす。
1795年 寛政 7 <27歳>・和泉屋喜兵衛の沖船頭になり、兵庫から日本海を通り、酒田湊(山形)に出る。
・12月、庄内で1500石積みの辰悦丸を新造、初めて海運業者となり兵庫に帰る。この時、蝦夷地回航の野望を抱く。
1796年 寛政 8 <28歳>・辰悦丸に酒・塩・木綿などを積み酒田に回航、ここで米を積み込み蝦夷地へとやってくる。箱館に回航、回船問屋の白鳥勝右衛門方を宿とする。箱館で積み荷を捌き、鮭・ます・昆布などを買い込み兵庫に帰る。
1798年 寛政10 ・箱館大町に高田屋支店を開き、弟の金兵衛を総支配人とする。
・嘉兵衛には嘉蔵・善兵衛・金兵衛・嘉四郎・嘉十郎の弟がいた。
1799年 寛政11 <31歳>*この年、幕府は東蝦夷地を直轄地とする。
・「海路乗試御用船頭」を命ぜられ、近藤重蔵とともにクナシリの東北端アトイヤ岬に滞在してクナシリ水道を調べる。7月エトロフ島に宜温丸で試船、エトロフ航路を開く。
1800年 寛政12 ・7月「蝦夷地定御雇船頭」を命ぜられ苗字帯刀を許されエトロフ島に17カ所の漁場を開く。また、官船の製作・運用、雇船の支配、道中往来の人馬送証文、官用提灯など下附される。
1801年 享和元 ・<33歳>姓を高田、屋号を高田屋とする。箱館恵比須町・宝来町の湿地5万坪の埋立ほか、箱館山や亀田の山に杉・松の植林をする。
・幌泉(エリモ)場所にて鰊(にしん)漁をする。
1802年 享和 2 ・淡路島や兵庫から、はまぐりや鯉などを移して箱館・近在で養殖事業をする。
1804年 文化元 <36歳>・幕府、箱館地蔵町の浅瀬を埋立て2172坪の築島を造る。嘉兵衛請願し隣接地825坪を埋立て、船作事場(造船所)を造る。
1806年 文化 3 ・箱館大火、御番所、寺院、土蔵など、ことごとく焼失する。
・高田屋、米や古着を配り長屋を建てて人々の救済に当たる。材木を津軽、秋田から仕入れて元値で貸与する。
1807年 文化 4 ・箱館の水不足を補うため、嘉兵衛、私費を投じ大阪から井戸掘職人を招き市中に10数箇所の掘り抜き井戸を設ける。
・根室場所を経営する。
1808年 文化 5 ・恵比須町に備米蔵を建設する。
1809年 文化 6 <41歳>・1月、幌泉へ航海中の船が水無海岸で運行不能になったため、海上安全を祈願し恵山火口原に11面観音像を建立する。
・高田屋金兵衛、嘉兵衛の代理で、大野村、森村の道路及び松前街道を改修する。
1810年 文化 7 ・エトロフ場所請負人になる。
1811年 文化 8 ・6月4日「ゴロウニン事件」発生する。クナシリ島のトマリでロシアの軍艦ディアナ号の艦長ゴロウニン少佐らを幕府の役人が捕らえ箱館−松前に送る。
1812年 文化 9 <44歳>・8月14日高田屋嘉兵衛ら観世丸でエトロフ島からの帰途、クナシリ島沖でディアナ号に捕らえられ、水主の吉三郎・平蔵・文治・吉蔵・アイヌ1人と共にカムチャツカのペトロパヴロスクに連行される。同年12月8日、囚われた嘉兵衛、ディアナ号の副長リコルドに事件の発端・真相を話し、ゴロウニンの釈放について語り合う。
1813年 文化10 ・5月26日、嘉兵衛らクナシリ島に送還され箱館に赴き、事件の解決に尽力する。同年9月29日、ゴロウニン艦長ディアナ号に乗船し帰国の途に着き、事件円満に解決する。この功績により嘉兵衛、幕府より賞賜を受ける。
1818年 文政元 <49歳>・高田屋嘉兵衛健康勝れず郷里へ帰る。
1821年 文政 4)*この年、幕府は北辺の危機が一応去ったと判断し、蝦夷島直轄を解除、東西蝦夷地は再び松前藩復領となる。
1822年 文政 5 ・嘉兵衛、弟、金兵衛を養子(2代目)にして跡目を相続させる。高田屋金兵衛、松前藩御用達を命ぜられ、苗字帯刀を許される。
1824年 文政 7 <56歳>・嘉兵衛、郷里、都志本村に隠居する。
・高田屋は箱館を本店とし、兵庫・大阪・江戸を各支店とする。
1826年 文政 9 <58歳>・故郷淡路の港などの改築に尽力、藩主松平阿波守より小高取格を仰せ付けられ、苗字帯刀を許される。
1827年 文政10 ・4月5日、都志本邸にて、高田屋嘉兵衛、数々の業績を残し生涯をとじる。享年59歳。

瓦船:菊間瓦を積み出した船の称。帆船時代には五〇石程度の和船が使われたが、のち機帆船にかわる。



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