江戸時代の医学・薬学歴史


カテゴリ :  
医療
  
江戸時代
  
  
歴史
  

蔵志:日本最初の人体解剖観察書。山脇東洋著。1759年刊。2巻,図4葉を含む。1754年の刑死体解剖の所見によるもので,今日からみれば誤りも多いが,実証主義的医学のさきがけとなった意義はきわめて大きい。

大和本草:貝原益軒著。 16巻,付図2巻。宝永6 (1709) 年刊。益軒みずからが国内各地を旅行し,得た知識をまとめて編述したもので,江戸時代における博物学の見地から書かれた本草書として知られる。

養生訓:江戸中期の教訓書。8巻。貝原益軒著。正徳3年(1713)成立。和漢の事跡と体験に基づき、心身の健康と長寿を保つ養生法を通俗的に記したもの。

蘭学階梯:江戸後期の蘭学入門書。2巻。大槻玄沢(おおつきげんたく)著。天明3年(1783)成立、同8年刊。蘭学の研究意義・発達の歴史、オランダ語の文字・発音・文法・訳例などを説明したもの。

* 2021/10/13.

年代 出来事
1600年頃 徳川家康が薬への関心が高いことから、幕府の奨励を得られる
1650~
1700年頃
本草学が流行し国産の薬物の栽培が盛んとなる。
貝原益軒:「大和本草」 (1709年-1715年)
1700~
1750年頃
庶民が養生について感心を持ち始め、学ぶ事が盛んになってきた。
多くの養生書が出版され見られていたが、中でも貝原益軒の「養生訓」は庶民にとって具体的な方法が述べられており有名になった。
貝原益軒:「養生訓」 (1713年)
1750~
1800年頃
徳川吉宗により、洋学の禁が緩められ、蘭学隆盛の気運が高まってくる。
医学の世界にて、臨床経験を重視する古方派が登場してくる。
山脇東洋が日本最初の人体解剖に立会う機会を得て、これまでの五臓六腑説の誤りを正す日本最初の解剖図「蔵志」が発表される。
山脇東洋:「蔵志」 (1759年)
オランダの解剖書ターヘル・アナトミアを翻訳した「解体新書」が出版される。
杉田玄白:「解体新書」 (1774年)
蘭学の研究史や研究の必要性を説いた蘭学入門書「蘭学階梯」が出版される。
大槻玄沢:「蘭学階梯」 (1788年)
1800~
1850年頃
これまで漢方医が主流であったが、西洋医学に基づく外科療法が使われるようになっていく。
華岡青洲が世界初の全身麻酔を用いた乳がん切除手術を行う。
華岡青洲:「華岡塾癌着色図」 (江戸後期)
生理学や病理学まで記載された、簡潔な解剖学の本「医範提綱」が出版される。
宇田川榛斎:「(西説)医範提綱釈義」 (1805年)
大槻玄沢が、「解体新書」を見直し正確に翻訳し、解説を加えた「重訂解体新書」を完成させる。
大槻玄沢:「重訂解体新書」 (1826年)


コメント