清教徒革命の年表


* 2021/12/25.

イングランド スコットランド アイルランド
1637 6 ウィリアム・プリン、耳そぎの刑に 9 チャールズ1世、祈祷書施行  
1638 ジョン・ハムデン船舶税不払い事件 2 国民盟約成立
8 議会により祈祷書廃止
 
1639   6 第1次主教戦争、ベリック条約  
1640 4-5 短期議会
11- 長期議会
12 根絶請願
7-9 第2次主教戦争
10 リポン条約
 
1641 11 長期議会、議会の大諫奏(大抗議書)提出   10 反乱(英語版)・アイルランド同盟戦争(英語版)勃発
1642 1 議員逮捕事件
3 民兵条例
6 19か条提案
8 王党派挙兵、内戦(第一次内戦)勃発
10 エッジヒルの戦い
  1 チャールズ1世、反乱勢力を敵と宣言
6 反乱勢力、カトリック同盟結成
1643 6 アドウォルトン・ムーアの戦い
7- ウェストミンスター会議
8 東部連合軍成立
9 盟約派、イングランド議会派と厳粛な同盟と契約を締結 9 カトリック同盟、国王軍と休戦
1644 1-4 オックスフォード議会
7 マーストン・ムーアの戦い
  3 カトリック同盟と国王軍、同盟交渉開始
1645 2 ニューモデル軍条例成立
4 辞退条例成立
6 ネイズビーの戦い
2 インヴァロッヒーの戦い
8 キルシスの戦い
9 フィリップホフの戦い
6 同盟、教会財産の保有を決議
11 教皇特使ジョヴァンニ・バッティスタ・リヌチーニ(英語版)アイルランドに到着
1646 6 国王軍最後の拠点オックスフォード陥落 5 チャールズ1世、スコットランドに投降 3 カトリック同盟と国王軍の和平成立
9 リヌチーニ、和平関与者を破門
1647 1 スコットランド軍より国王の身柄引渡し
10-11 パトニー討論
12 和解契約
   
1648 3-8 第二次内戦
8 プレストンの戦い
12 プライドのパージ、ランプ議会
   
1649 1 チャールズ1世処刑
5 イングランド共和国成立
2 チャールズ2世即位宣言 2 リヌチーニ、アイルランドを離れる
8 ラスマインズの戦い、オリバー・クロムウェル上陸(アイルランド侵略)
9 ドロヘダ攻城戦
1650 7 クロムウェル、スコットランド侵攻(第三次内戦) 9 ダンバーの戦い 5 クロムウェル、イングランドに戻る。ヘンリー・アイアトンが征服活動を継続
1651 9 ウスターの戦い
10 航海条例成立
  11 アイアトン死去、チャールズ・フリートウッドが総督就任。対カトリック強硬政策
1652 5 第一次英蘭戦争勃発   5 共和政府軍、アイルランド平定
1653 4 ランプ議会解散
7-12 ベアボーンズ議会
12 クロムウェル護国卿就任、統治章典制定
  7 共和政府、アイルランドの土地分配開始
1654 4 オランダと講和
9 第一議会召集
   
1655 1 第一議会解散
3 国王派反乱
8 軍政監設置、反体制勢力への取り締り強化
  7 ヘンリー・クロムウェル、アイルランドに赴任
1656 9 第二議会召集   アイルランド大法官庁復活
1657 5 謙虚な請願と勧告   11 ヘンリー、総督就任
1658 2 第二議会解散
9 クロムウェル死去、リチャード・クロムウェル護国卿就任
  ニュー・イングリッシュ、国教会派と長老派に分裂
1659 1 第三議会召集
4 軍、第三議会を強制解散
5 ランプ議会再召集、リチャード引退
   
1660 4 ブレダ宣言、仮議会
5 チャールズ2世ロンドン帰還、王政復古
  2 チャールズ2世を招聘するも未遂

祈祷書:広義には、諸宗教において、信者が行うべき公に認可された祈祷文を集め、編集した書をいう。狭義には、広義の祈祷書のうちそれぞれの教派において「祈祷書」として分類されているものを祈祷書という。

国民盟約:イングランドおよびスコットランドの国王チャールズ1世の施行した国教会祈祷書(ロード祈祷書)に反対して起こった、スコットランドの抵抗運動組織である。

根絶請願:1640年12月11日にイングランドで出された請願。ロンドン市民が署名してイングランド議会(長期議会)へ向けて提出した、イングランド国教会の弊害を列挙した請願書で、国教会の基盤である監督制を「根こそぎ」廃止して欲しいと明記した文章が名称の由来になっている。

大諫奏:イギリスの議会がチャールズ1世の失政を非難して提出した抗議文のこと。

インヴァロッヒーの戦い:1645年2月2日にスコットランド西部・フォート・ウィリアム近郊のインヴァロッヒーで発生した戦いである。隣国イングランドが清教徒革命(イングランド内戦)で王党派と議会派の戦場となる中、スコットランドも連動する形でスコットランド内戦が勃発、王党派のモントローズ侯爵ジェイムズ・グラハムが親議会派の国民盟約軍を破り名を上げた。

キルシスの戦い:1645年8月15日にスコットランドのキルシスで起きた、清教徒革命(三王国戦争)でのスコットランド内戦の戦い。数的に不利にもかかわらず、王党派のモントローズ侯爵ジェイムズ・グラハムが再び国民盟約(カヴェナンター)に勝利、ウィリアム・ベイリーの攻撃を完全に終わらせた。

ダンバーの戦い:1650年9月3日にスコットランドの港町ダンバーで起きた戦い。第三次イングランド内戦の緒戦となったこの戦いでオリバー・クロムウェルが自ら率いるイングランド共和国陸軍がスコットランド軍に大勝した。

フィリップホフの戦い:1645年9月13日にスコットランド南東部・スコティッシュ・ボーダーズの都市セルカークから2マイル離れたフィリップホフで発生した、清教徒革命(三王国戦争)での戦いである。国民盟約(カヴェナンター、または盟約派)が王党派のモントローズ侯爵ジェイムズ・グラハムを奇襲で破りスコットランド内戦を一段落させた。

ベリック条約:1639年6月18日に、イングランド北部の町ベリック・アポン・ツイードで、イングランド王兼スコットランド王チャールズ1世とスコットランド国民盟約(盟約派)が結んだ第1次主教戦争の講和条約。

ラスマインズの戦い:三王国戦争(清教徒革命、アイルランドに限定してはアイルランド同盟戦争)の最中、ダブリン郊外のラスマインズにて行われた戦い。ダブリンを保持するマイケル・ジョーンズ指揮下のイングランド議会派(円頂党)の軍勢と、オーモンド侯ジェームズ・バトラー率いるアイルランド・カトリック同盟およびイングランドの王党派(騎士党)とがぶつかった。カトリック同盟および王党派軍は総崩れとなり、数日後に到着したオリバー・クロムウェルとニューモデル軍の上陸は容易となった。彼らは4年をかけてアイルランド侵略(征服) を完了することになる。

リポン条約:1640年10月26日に、イングランド北部ノース・ヨークシャーの町リポンで、イングランド王兼スコットランド王チャールズ1世とスコットランド国民盟約が結んだ第2次主教戦争の講和条約。

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