* 2021/12/14.

年代 中島飛行機関係 主要事柄
1917(大6) 5 中島知久平 群馬県尾島町前小屋に「飛行機研究所」設立
12 群馬県太田町に移転、呑竜工場の発足
1918(大7) 4 「中島飛行機製作所」と改称
5 川西清兵衛と提携、「日本飛行機製作所」と改称(本社は東京の日本毛織支店内)
7 中島式一型機完成 試飛行で墜落大破
12 中島式三型5号機が初飛行に成功(短時間だが)
尾島飛行場が帝国飛行協会管理飛行場として占有許可さる
1919(大8) 2 中島式四型が試飛行に成功
3 尾島飛行場に中島飛行学校設立
4 陸軍から中島式五型を初受注 海軍からは横廠式ロ号甲型水上機受注
10 帝国飛行協会主催「第一回懸賞郵便飛行」に参加、中島四型機が優勝
12 川西との提携解消、社名を「中島飛行機製作所」に戻す 三井物産と提携
1920(大9) 2 中島乙未平が入所、翌月 喜代一が入所 (4番目の弟と1番目の弟)
5 徳川少佐の工場査察を実施され、その指示で駐在監督官を受入。
12 喜代一が米国・カナダに資材買付け出張
1921(大10) 5 乙未平が渡仏、パリ駐在(以降5年間)にて航空業界の情報収集活動
8 尾島飛行場格納庫の火災
1922(大11) 5 東京京橋に中島商事㈱を設立 社長 知久平、専務 喜代一
1923(大12) 9 関東大震災
陸軍甲式4型戦闘機の生産開始
1924(大13) 3 東京豊多摩郡井荻町に土地取得、エンジン工場建設着手
5 ロレーン社のW型エンジンの製造権取得
9 喜代一 欧米航空工業視察とエンジン生産設備購入のため渡航
1925(大14) 11 東京工場でロレーンエンジンの生産開始、ロレーン社の技師モローら招聘
12 中島エンジンの歴史を作る イギリス ブリストル・ジュピター6型の製造権を取得
1926(昭1) 3 喜代一 東京工場長就任 喜代一を含め欧米航空工業視察団を派遣
1927(昭2) 4 ロレーンW型エンジン450馬力の量産開始、モロー技師ら帰国
5 ブリストル社から技師バーゴインを招聘(約1年滞在)し、ジュピター6型試作着手
1928(昭3) 10 ジュピター6型生産開始
12 米国カーチス・ライト社よりワールウィンドJ5型エンジンの製造権を取得
1929(昭4) 4 海軍三式艦上戦闘機制式採用
12 米国プラット社製ワスプC型およびホーネットA型エンジンの製造権取得
1930(昭5) 2 中島知久平 臨時総選挙に初立候補 当選
6 NAH「寿」エンジン試作完成 海軍耐久運転に合格
1931(昭6) 1 中島喜代一が知久平に代わって中島飛行機製作所の所長となる
10 陸軍91式戦闘機制式採用
12 中島を株式会社として「中島飛行機株式会社」と称し喜代一が社長
1932(昭7) 4 海軍90式艦上戦闘機制式採用
1933(昭8) 6 NAM空冷星型2列エンジン設計開始(後の「栄」エンジンの原型)
1934(昭9) 4 米国ライト社のサイクロンエンジンの製造権取得
10 太田の機体工場大拡張 新工場完成 翌月天皇行幸(視察)
1935(昭10) - NAPエンジンが海軍「光」として審査に合格
1936(昭11) 9 中島AT-2高速旅客機初飛行成功
1937(昭12) 3 武蔵野製作所建設着手 ライト社へ4人の技師を研修に派遣
6 中島知久平 近衛内閣の鉄道大臣となる
海軍97式艦上攻撃機制式採用 陸軍97式戦闘機制式採用
1938(昭13) 5 武蔵野製作所竣工(陸軍発動機専用工場)
9 本社を太田から東京丸の内の有楽館に移転
1039(昭14) 3 多摩製作所建設着手(海軍用発動機工場) 太田製作所は陸軍機専用工場になる
11 NAMエンジンが海軍向け発動機「栄」として制式採用
1940(昭15) 4 群馬小泉製作所向上竣工(海軍機専用工場)
9 陸軍1式戦闘機「隼」制式採用
1941(昭16) 2 太田飛行場が太田・小泉量製作所の中央地点に完成
9 陸軍2式単戦(鐘馗)制式採用
11 多摩製作所竣工開設
12 太平洋戦争開戦 同日三鷹研究所起工式
1942(昭17) 6 半田製作所開設(海軍機・天山、彩雲の生産)
8 宇都宮製作所開設(陸軍機・疾風専用工場)
11 浜松製作所着工(陸軍エンジン工場)
1943(昭18) 3 大宮製作所開設(海軍エンジン工場)
10 武蔵野・多摩量製作所を統合し武蔵製作所と称す
艦上攻撃機「天山」および夜間戦闘機「月光」制式採用、
1944(昭19) 1 陸軍4式戦闘機(疾風)制式採用 同機を生産する宇都宮製作所稼動
10 海軍大型陸上攻撃機(連山)初飛行
11 武蔵製作所空襲爆撃さる
1945(昭20) 2 太田・小泉製作所空襲爆撃さる
4 中島飛行機は国有第一軍需工廠となる。
8 終戦 航空機生産停止命令、 富士産業株式会社と改称 中島乙未平が社長就任
終戦内閣で知久平は軍需大臣から商工大臣へ
12 財閥解体指令を受ける 中島知久平はA級戦犯指定

艦上攻撃機:航空母艦に搭載し、敵艦や敵地への攻撃を主任務とする機種。特に旧日本海軍において、航空魚雷を搭載し敵艦への攻撃を行う機種に対しその名称を用いた。

空冷星型エンジン:機関の冷却を主に空気の流れで行い、シリンダーを航空機の機体形状に合わせ放射状に配置したレシプロエンジンの事。

発動機:航空機用エンジンの事。主にガソリンで稼働するレシプロエンジンに対しこの名称が用いられるケースが多い。主に空冷型と水冷型に分類される。

夜間戦闘機:視界の利かない夜間を中心に出撃・活動する戦闘機。用途は多彩だが敵爆撃機の迎撃に用いられるケースが多く、双発機を改造し、斜め上向きの機銃やレーダーを搭載した機種が多かった。

陸上攻撃機:陸上基地で運用され、洋上の敵艦に対し魚雷攻撃を行う事を主任務として開発された旧日本軍の攻撃機。所属は陸軍ではなく海軍であった。通称「陸攻」。

A級戦犯: 第二次世界大戦に勝利した連合国によって行われた枢軸国側の戦争犯罪を裁いたニュルンベルク裁判と極東国際軍事裁判の被告に対する呼称。戦犯は戦争犯罪人の略。

中島知久平:日本の海軍軍人、実業家、政治家。中島飛行機(のちに富士産業、富士重工業を経て、現在のSUBARU)の創始者として知られ、政治家に転じてからは大臣や政友会総裁を務めた。

陸軍91式戦闘機:1931年に日本陸軍に採用された戦闘機であり、初の単葉戦闘機である。生産機数は342機。



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