理学博士櫻井錠二の歴史


カテゴリ :  
学者
  
東京都
  
歴史
  

* 2022/01/05.

年齢 和暦年 西暦 事 項 リンク
数え年 安政 5 1858 8月18日 金沢馬場一番丁で加賀藩馬方御用 櫻井甚太郎・八百の六男として誕生 幼名・錠五郎 家系図
櫻井家ゆかりの気多大社
生誕地 古地図と加賀藩士時代
6 文久 3 1863 父 甚太郎病没 享年四十八歳  
12 明治 2 1869 長兄房記(17歳)次兄省三(15歳)は藩費生、後には貢進生として東京へ遊学する 櫻井錠二が受けた教育
恩師 三宅 秀
13   3 1870 藩立英語学校「致遠館」へ入学する
七尾語学所で英語による教育を英人オズボーンから受ける
オズボーン(畝源三郎氏Web)
14   4 1871 4月 母と徒歩で上京する
9月 大学南校へ入学する
母 八百
16   6 1873 校名が開成学校と改わる 専門部設立後は化学を専攻する
19   9 1876 東京開成学校2年終了(後2年を残し)ロンドン大学へ国費留学する
途中米国フィラデルフィアで開催の「独立百年記念万国博覧会」を観る
ウィリアムソン教授に化学を、物理をフォスター、ロッジ両教授に師事する
留学前の家族(母八百・長兄房記・次兄省三と錠二

ウィリアムソン博士と我が学界
20   10 1877 化学・物理合同試験で百数十人中第1位で金牌を授賞する(国立科学博物館所蔵) ロンドン大学留学中の下宿先NOTTING HILL
21   11 1878 奨学金を二年間に千ポンド授与される 21歳ロンドンで撮影の肖像写真
東京化学会発足する 櫻井錠二と東京化学会・歴代会長一覧
22   12 1879 有機化合物に関する論文でロンドン科学会員に推挙される
23   13 1880 留学中に英国人に親しみ易い「錠ニ」と改名する  
24   14 1881 留学期間満了になり帰国する
9月 東京大学理科講師に任命される(年俸千二百円)
 
25   15 1882 8月 東京大学教授に就任する(年俸千五百円)  
12月 加賀藩士岡田 棣・節の二女三子(さんこ) と結婚する 岡田 棣 略歴
28   18 1885 羅馬字会に標準式ローマ字を提唱する
29   19 1886 帝国大学と改称する。
数学科、星学科、物理学科、化学科、動物学科、植物学科、地質学科の7学科を置く。
30   20 1887 東京女学館設立準備委員会「女子教育奨励会」の評議員になる
31   21 1888 3月 東京化学会正会員に推挙される 若き教授時代の肖像写真
6月 理学博士の学位授与される  
11月 東京女学館開校する  
32   22 1889 帝国大学教授陣一覧表/(医)=13名/(理)=19名/(工)=13名/(法)=7名/(文)6名/総長=1名/本部=2名/図書=2名/計63名 理科大学物理学教室前にての集合写真
35
数え年
明治 25 1892 溶液沸騰点の新側定法を考案する
(日本人化学者による最初の世界的研究として注目される)
ラムゼー著「化学理論の実験証明」の邦訳をする
化学実験室にて
41 明治 31 1898 4月 東京学士院会員に推挙される  
43   33 1900 「化学語彙」を高松豊吉博士と共に出版する(東京化学会訳語委員一同辞退に伴い会の了解を得る後創立50年記念(1928・昭和3年)著作権を移譲会から再出版された)
44   34 1901 5月~翌年3月 第一次渡航(留学以降)欧州へ
グラスゴー大学創立450年祝賀式典に参列する
グラスゴー大学名誉学位(法学博士)授与式に出席する
ガウン姿
東京帝国大学評議員となる(明治40年まで)  
理学文書目録委員会会長となる  
47   37 1904 4月 原子量基準を「酸素にすべき事」を池田菊苗博士と連名で提言する  
50   40 1907 7月~10月 第二次渡航ロンドンへ
万国理学文書目録国際会議に出席する
 
東京帝国大学理科大学長に就任する  
12月東京帝国大学就職25年式典を小石川植物園で開催されるその奉賀金を東京化学会に寄贈「櫻井褒賞」となる  
51   41 1908 「ローマ字ひろめ会」発表の「大日本標準式ローマ字綴り方」を推奨する(略称標準式) ローマ字ひろめ会重鎮
52   42 1909 12月 教員検定委員会臨時委員となる  
53 明治 43 1910 4月~8月 第三次渡航 欧州へ
万国学士院協会第四回総会出席する
 
櫻井褒賞が設立される 櫻井化学研究奨励資金規定
櫻井賞メダル
櫻井褒賞受賞者一覧
55 大正 1 1912 9月 明治天皇大喪儀に参列する 総長事務取扱としての哀悼文
9月 東京帝国大学総長 事務取扱を任命される 総長事務取扱として署名のある卒業証書(医科大学生)
56   2 1913 理学文書目録委員会会長に就任する  
60   6 1917 財団法人理化学研究所設立 副所長に就任する
理事長は渋沢栄一子爵・所長は菊地大麓男爵
理化学研究所へリンク
ストーブス女史の英訳に協力した謡曲本がロンドンで発売される ストーブス博士の画像
英文謡曲本
61   7 1918 7月から翌年3月 第四次渡航 欧州へ
国際化学学士院会議に出席する
 
62   8 1919 1月東京帝国大学を退官する 在職38年 名誉教授になる還暦祝いに書斎1棟を曙町の自宅に増築する  
63
数え年
大正 9 1920 貴族院議院に勅撰される 正装姿
日本学術研究会設立 副会長に就任する  
65 大正 11 1922 5月~9月 第5次渡航 欧州へ
万国理学文目録国際会議に出席する
万国学術研究会議第2回総会に出席する
当時のパスポート
11月 アインシュタイン来日
(日本へ向け航海中の船上でノーベル賞授賞の報を聞く)
(小石川植物園にて)
学士院主催歓迎会を開く
66   12 1923 7月~10月 第6次渡航 吉野丸で豪州へ
第2回汎太平洋学術会議に出席する
貴族院議員代表メンバーと共に豪州を視察する
(滞在中に関東大震災が起きる)
68   14 1925 学術研究会議の会長に就任する 学術研究会議に関する遺品資料の一部
69 大正 15 1926 1月 枢密顧問官に任命される 親任式に臨む
5月 帝国学士院院長に就任する
第3回汎太平洋学術会議が安田講堂で開催される(大正15年10月30日)
日本最初の国際会議で議長を務める
70 昭和 2 1927 英語教授研究所顧問に翌年理事長に就任する
(現・財団法人語学教育研究所)
初代所長パーマー博士
71   3 1928 5月~10月 第七次渡航 笘崎丸で豪州へ
*万国学術研究会議第4回総会に出席する
*万国化学協会第9回総会に出席する
 
74   6 1931 12月 東京女学館第6代館長に就任する 情報ありがとうございました。
第一回卒業式式次第
75   7 1932 財団法人日本学術振興会設立・理事長に就任する 援助金協賛願い
78   10 1935 10月 日本学術協会第11回大会 金沢で開催される 新聞記事
前田公爵とご一緒に撮影(兼六公園で園遊会)
☆ 五男櫻井季雄博士の発明
*生誕地を訪れ馬を繋いだ桜の木を確認する
理研ニュース2000年6月号 特別企画へリンク
79   11 1936 1月議定官に補任される  
80   12 1937 1月宮中杖を拝領する
1月宗秩寮審議官・正二位勲一等
 
3月~7月 第八次渡航 香取丸で欧州へ
*万国学術協会会議第三回総会に出席する
ロンドン大学名誉学友推選祝賀会での演説
82

数え年
昭和 14 1939 学界に於ける勲功により男爵・旭日桐花大授章受章
1月28日逝去 享年82歳
2月18日青山斎場で葬儀が執り行われる
 
ストーブス博士発見の古代植物(化石)に錠二に因んで命名される
☆ストーブス博士の業績紹介のページ
学士会月報追悼文より)
”LOMAX社植物化薄片標本”リンク
ストーブス博士関連リンク
1




15 1940 一年祭 遺稿集「思い出の数々」発刊
19 33 1958 生誕百年  
30 44 1969 三十年祭於一ツ橋学士会館
櫻井錠二肖像額除幕式
東京大学理学部化学教室本館名誉教授室掲載
恵贈された肖像額
40 54 1979 遺品・資料寄贈・「日本近代化学の父 桜井錠ニ」 石川県立郷土資料館 夏季展
7月15日~8月31日開催 (平成9年改称 石川県立歴史博物館)
41 55 1980 生誕地 金沢市東山三丁目飯尾三郎様方敷地内に顕彰碑除幕式・記念式開催
「桜井錠ニ博士のあゆみ」冊子 顕彰会発刊
「桜井錠ニ博士顕彰碑」
48 62 1987 国立科学博物館(新宿分館)へ遺品寄贈
(大正天皇御下賜品ブロンズ像と蒔絵硯箱)・勲一等旭日桐華章
講義ノート・「思い出の数々」原稿・辞令(後石川県立郷土資料館へ移管される)
寄贈品画像
50









1 1989 五十年祭 祭祀・偲ぶ会開催 於 本郷学士会館
56 7 1995 「桜井錠ニ 我が国化学いしずえの若き軌跡」 第9回化学会館展示
58 9 1997 「日本近代化学の父 櫻井錠ニ」企画展 金沢市立 ふるさと偉人館主催
60 11 1999 六十年祭 祭祀 偲ぶ会開催 於一ツ橋学士会館
62 13 2001 再確認された遺品資料を国立科学博物館へ寄贈 リスト一覧
63 14 2002 前年再確認された遺品資料を日本学術振興会・日本学士院・東京女学館・日本化学会・石川県立歴史博物館へ寄贈 遺品資料一覧
64 15 2003 2月15日~3月23日石川県立歴史博物館にて新収蔵品展開催される  
65 16 2004 理研ニュース2004年5月号に掲載される 理研の創設に尽力した桜井錠二 理研ニュースへリンク
66 17 2005 スピーチ録音盤(昭和12年)を東京大学大学院理学系研究科・理学部化学図書室へ寄贈する レコード盤
理事長を務めた所縁の英語教授研究所へ初代所長パーマーの会話教則本とレコード盤(昭和24年版)を寄贈する 経緯と説明
67 18 2006 11月・(株)デアゴスティーニ・ジャパン発行・週刊「日本の100人」No.043号の『ビジュアル人物辞典』さ行の部に掲載される
68 19 2007 3月 「道もなき道ふみわけて」女性科学者の100年 独立行政法人 理化学研究所・企画 山陽映画株式会社・製作 VHSカラー45分 近代日本の黎明期に化学者・教育者として櫻井錠二が紹介されている。 理研ニュース2007年6月号で広報ビデオが視聴でます
4月 「東京大学理学部化学教室の歩み」- 創設期から戦後までの記録 - に紹介される・「東京大学大学院理学系研究科・理学部化学教室雑誌会」編集・発行
(株)国際文献印刷社内
5月 「東北帝国大学開学式 祝辞」(大正2年9月22日)(東京帝国大学理科大学長 理学博士 櫻井錠二)・東北大学史料館へ寄贈
69







20 2008 生誕150年 肖像写真で見る略歴
3月 日本の化学工業:100年の足跡
講演:「池田菊苗先生のうま味発見百周年に想うこと」講師:鈴木栄一郎氏
当WEBが紹介される
日本化学会主催 市民公開講座
案内チラシ
4月 英国留学時代の下宿先と・ロンドン大学の様子(2007) ロンドン大学校内の様子
NOTTING HILL
4月25日 金沢ふるさと偉人館に展示常設コーナーができました 展示常設コーナーの様子
8月 「ニッポンの科学の未来を拓いた偉人」と題して、共栄化学株式会社社報<共栄>No.126 2008に掲載される IMG_kyoeisyaho.pdf へのリンク
70 21 2009 金沢ふるさと偉人館による「偉人の遺族が語る思い出話」 北陸メディアセンターにて収録
没後70年  

気多大社:古くから北陸の大社として知られる石川県羽咋市寺家町にある神社。

貢進生:1870年(明治3年)に各藩からの推薦を受けて大学南校に入学した生徒のこと。

枢密顧問官:枢密院の議長・副議長とともに枢密院を組織し、天皇の諮問にこたえて、重要な国務の審議を行い意見を申し述べた官職。

大喪儀:日本の天皇・皇后・上皇・上皇后・太皇太后・皇太后の葬儀のこと。



コメント