会津本郷焼の歴史


カテゴリ :  
グラス・磁器・漆器
  
福島県
  
歴史
  

* 2021/09/14.

出来事
1593 蒲生氏郷が城郭修理の際、播磨国から石川久衛門らを招き屋根瓦(黒瓦)の製造をさせる。
1647 水野源左衛門が陶器焼成を始める。
1653 水野長兵衛が新しく施釉の赤瓦を製作。瓦役所が置かれる。
1679 水野五郎助が水簸法(粘土を水中でかき混ぜ、細・粗粉末を分ける方法)による陶土づくりを始め、優良な製品が作られるようになる。
粗物と呼ばれる民用の瓶、片口、徳利、摺鉢などの粗陶器がつくられる。
1797 佐藤伊兵衛が諸陶場を歴巡し、焼成技術習得に赴任。
1800 佐藤伊兵衛が磁器焼成に成功。幕末の陶磁器業者はのべ59戸に。
1868 戊辰戦争で壊滅的打撃を受ける。
1871 本郷村に若山土、大久保土を発見。
1880 陶祖・水野源左衛門と、磁祖・佐藤伊兵衛の位牌を常勝寺に安置する廟を建設。
以来、毎年旧暦8月16日を期して例祭を執り行う。
1885 五品共進会に出品して、会津本郷焼の名が世に知られるようになる。
1890 第三回内国勧業博覧会に出品し、6名が進歩賞を受賞。「会津本郷焼」を公然と呼称し、国の内外に販路を拡張する。会津本郷焼の隆盛期。
1892 本郷と川南に瀬戸焼の一大ブームが起きる。窯数39戸。
農家の兼業形態として急増し、陶磁器業関係者数は優に千名を超えた。
1894 本郷陶磁器業組合を設立。
1895 会津本郷焼の後継者を育てるため、「本郷窯業徒弟学校」を設立。
(以後、福島県立会津工業高等学校本郷分校に継承され、1995年に閉校)
1916 本郷大火で町の半分近くを焼失。工場、住宅等200棟が焼失。
1949 会津陶磁器事業協同組合を設立。
1958 ブリュッセル万国博覧会に出品した宗像窯の「にしん鉢」がグランプリを獲得。
1979 会津本郷焼事業協同組合に名称を変更。
1993 通商産業省(現在の経済産業省)より伝統的工芸品の産地指定を受ける。

摺鉢:食物をすりつぶしながら混ぜるための鉢。食材を細かな粒子状に砕いたり、ペースト状にすりつぶす加工を行うための調理器具。

粗陶器:精陶器に対して粗い未処理の粘土でつくられた陶器。有色粘土を主原料としているため、色のバリエーションが豊富。

磁器:高温で焼成されて吸水性がなく、叩いた時に金属音を発する陶磁器の一種。

会津本郷焼:福島県大沼郡旧会津本郷町周辺を産地とする陶器及び陶磁器。

瀬戸焼:愛知県瀬戸市とその周辺で生産される陶磁器の総称。日本六古窯の一つ。

戊辰戦争:明治新政府を樹立した新政府軍と、旧幕府軍・奥羽越列藩同盟・蝦夷共和国が戦った日本最大の内戦。

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