望遠鏡400年の歴史


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* 2021/08/09.

年月日 出来事
1546年12月14日 ティコ・ブラーエ、生まれる。
1561年 ティコ・ブラーエ、コペンハーゲン大学を修了する。
1562年 ティコ・ブラーエ、天空の秘密を探究し始める。
1566年 ティコ・ブラーエ、ライプツィッヒでの研究を終える。
1566年09月 ティコ・ブラーエ、ロストクの大学へ入学する。
1566年10月28日 ティコ・ブラーエ、この晩の月食に関し占星術でスレイマン大帝の死を予言するが失敗する。
1566年12月29日 ティコ・ブラーエ、マンデルップ・パースベルクと決闘し、鼻を落とす。
1568年 ティコ・ブラーエ、三度目の海外旅行。
1571年12月27日 ヨハネス・ケプラー生まれる。
1572年11月11日 ティコ・ブラーエ、カシオペア座の超新星を観測する。
1572年 アルハゼンとヴィテロの著書が翻訳される。
1573年 ティコ・ブラーエ、『新星』を出版する。
1576年08月08日 ティコ・ブラーエ、ウラニボルクの定礎式を行なう。
1580年 ティコ・ブラーエ、ウラニボルクを完成させる。
1580年 マンデルップ・パースベルク、王国顧問官となる。
1585年 ティコ・ブラーエ、大赤道象限儀を完成させる。
1586年 ティコ・ブラーエ、ステルネボルクを完成させる。
1589年 デラ・ポルタ、『自然の魔術』を出版する。
1596年 (ケプラー、『宇宙の神秘』を出版する)
1597年06月 ティコ・ブラーエ、デンマークを去る。
1600年02月17日 ジョルダーノ・ブルーノ、ローマで火刑に処せられる。
1600年10月 ケプラー、ティコ・ブラーエの助手となる。
1601年10月24日 ティコ・ブラーエ、亡くなる。
1601年10月26日 ケプラー、ルドルフⅡ世の宮廷数学者に任命される。
1601年11月04日 ティコ・ブラーエ、テイン教会での葬儀のあと埋葬される。
1606年 (ケプラー、『新星について』を出版する)
1608年09月25日 リッペルスハイ、マウリッツ候の御前にて望遠鏡のデモを行なう。
1608年09月30日 スピノラ侯爵、望遠鏡をマウリッツ候に見せてもらう。
1608年10月02日 リッペルスハイ、オランダ議会の聴聞を受ける。
1608年10月04日 リッペルスハイ、オランダ議会より双眼鏡を納めるよう要求される。
1608年10月17日 ヤコブ・メティウス、オランダ議会に望遠鏡の特許を請願する。
1608年11月18日 日記作家レトワル、望遠鏡について記す。
1608年12月11日 リッペルスハイ、オランダ議会に双眼鏡を納入する。
1609年02月13日 リッペルスハイ、オランダ議会に残りの双眼鏡を納入する。
1609年05月 ガリレオ、望遠鏡の噂話を聞く。
1609年07月26日 ハリオット、望遠鏡を使って月のクレーターを観測する。
1609年10月 マリウス、木星の衛星を観測した(と主張する)。
1609年 ケプラー、『新天文学』を出版する。
1610年01月07日 ガリレオ、木星の衛星の観測を始める(3月02日まで)
1610年03月12日 ガリレオ、『星界の報告』を出版する。
1610年07月12日 ガリレオ、大公付き哲学者および数学者となる。
1611年 ケプラー、『屈折光学』を出版する。
1612年12月 マリウス、アンドロメダ星雲を望遠鏡で観測する。
1613年 ガリレオ、『太陽黒点論』を出版する。
1616年 ズッキ、凹面鏡を使ったガリレオ式望遠鏡を思いつく。
1618年 ケプラー、『世界の調和』を出版する。
1627年 ケプラー、『ルドルフ表』を出版する。
1630年11月15日 ケプラー、亡くなる。
1632年 (ガリレオ、『天文対話』を出版する)
1634年 デカルト、『世界論(光学概論)』を執筆する。
1636年 メルセンヌ、『宇宙の調和』を出版する。
1637年 デカルト、『屈折光学』を出版する。
1642年01月08日 ガリレオ、亡くなる。
1642年12月25日 ニュートン、生まれる。
1649年12月16日 ウィーゼル、自作望遠鏡(ケプラー式)で土星を観測する。
1652年 ズッキ、『光学哲学』を出版する。
1656年 (ホイヘンス、土星の環を確認する)
1661年04月23日 ホイヘンス、水星の太陽面通過を観測する。
1662年10月 ホイヘンス、ホイヘンス式接眼鏡について手紙で言及する。
1663年02月 グレゴリー、パリでホイヘンスに会えず、『光学の進歩』を置いて行く。
1666年 ニュートン、プリズムの実験を行なう。
1668年06月 グレゴリー、英国学士院のメンバーに選ばれる。
1668年 ニュートン、反射望遠鏡を作る。
1669年 ニュートン、ケンブリッジ大学でルーカス教授に就任する。
1672年02月11日 ニュートン、英国学士院で、反射望遠鏡を披露する。
1672年 デベルセ、カセグレンが新型反射望遠鏡を発明したとフランス学士院に報告する。
1673年07月 グレゴリー、フラムスティードに望遠鏡の購入について手紙を書く。
1673年 ヘヴェリウス、『天文機械』を出版する。
1675年03月04日 フラムスティード、チャールズⅡ世より天体観測員を任命される。
1687年 ニュートン、『プリンピキア』を出版する。
1693年08月31日 カセグレン、亡くなる。
1695年 デヴィッド・グレゴリー、『球面の反射と屈折の光学』を出版する。
1718年 (ハレー、恒星の固有運動を発見する)
1721年01月12日 ハドレー、反射望遠鏡を英国学士院に寄贈する。
1727年 (ブラッドリー、光行差を発見する)
1738年 スミス、ハドレーの鏡面整形技術を『光学系大全』として出版する。
1738年11月15日 ウィリアム・ハーシェル、生まれる。
1747年 (ブラッドリー、章動を発見する)
1758年 ショート、ドロンドがアクロマートレンズを製作した旨を英国学士院へ報告する。
1761年12月06日 ジョン・ドロンド、埋葬される。
1769年 ドロンドの「分割対物レンズ付き測微計」でキャプテン・クックが金星の太陽面通過を観測する
1772年08月 ウィリアム・ハーシェル、妹のカロラインを英国に呼び寄せる。
1773年05月 ウィリアム・ハーシェル、天文学と望遠鏡に興味を持つ。
1774年03月01日 ウィリアム・ハーシェル、観測日記を付け始める。
1776年07月 ウィリアム・ハーシェル、20ft反射望遠鏡を完成させる。
1778年03月06日 フラウンホーファー、生まれる。
1781年03月13日 ウィリアム・ハーシェル、天王星を発見する。
1781年08月 ウィリアム・ハーシェル、30ft反射望遠鏡を完成させる。
1783年 ウィリアム・ハーシェル、「大きな20ft反射望遠鏡」を完成させる。
1783年 (ウィリアム・ハーシェル、太陽系の空間運動を発見する)
1786年 ウィリアム・ハーシェル、40ft反射望遠鏡を完成させる。
1800年 ウィリアム・ハーシェル、赤外線を発見する。
1801年 (ピアッツィ、小惑星を発見する)
1802年 (ウィリアム・ハーシェル、連星を発見する)
1804年 (レプソルド、子午環を製作する)
1805年 ギナン、フリントガラスの製造法を確立する。
1809年 ギナン、フラウンホーファーに光学技術を教育し始める。
1814年05月 ギナン、フラウンホーファーと反目し、スイスへ帰郷する。
1814年 フラウンホーファー、太陽スペクトル中の暗線(フラウンホーファー線)を発見する。
1822年08月25日 ウィリアム・ハーシェル、亡くなる。
1824年 フラウンホーファー、24cmドルパト屈折望遠鏡を完成させる。
1824年11月16日 ストルーフェ、フラウンホーファーの望遠鏡を絶賛する。
1824年 英国学士院、光学ガラス改良法委員会を立ち上げる。
1824年 ハギンズ、生まれる。
1826年06月07日 フラウンホーファー、亡くなる。
1829年 ジェームズ・サウス卿、コーショワから30cm対物レンズを購入する。
1831年 ジェームズ・サウス卿の望遠鏡を設置した際、望遠鏡やドームの骨組みが壊れる事故が起こる。
1834年04月 グラブ、クーパーの望遠鏡をマークリーに完成させる。
1835年 グラブ、アーマー天文台の38cm反射望遠鏡を完成させる。
1838年 ベッセル、フラウンホーファーの望遠鏡ではくちょう座61番星に視差を発見する。
1842年04月13日 ロス卿の口径1.8m金属鏡の鋳造が行なわれる。
1842年 ナスミス、ナスミス式望遠鏡を完成させる。
1845年02月 ロス卿の口径1.8m金属鏡望遠鏡レビヤタンが稼動し始める。
1846年 (ルベリエら、海王星を発見する)
1850年04月 マクレアー、南天望遠鏡計画に懸念を表明する。
1851年 (フーコー、振り子を使って地球の自転を証明する)
1852年 英国学士院で、南天望遠鏡委員会ができる。
1853年07月05日 南天望遠鏡委員会、計画を決定する。
1859年 フーコー、「ナイフ・エッジ」テストを開発する。
1862年 フーコー、パリ天文台の銀メッキ鏡80cm反射望遠鏡を完成させる。
1862年 (フーコー、実験室内で光速度を測定する)
1864年08月19日 ハギンズ、惑星状星雲の輝線を発見する。
1866年02月 グラブ、メルボルン望遠鏡を受注する。
1868年02月17日 完成したメルボルン望遠鏡の検査が行なわれる。
1868年04月10日 ブラームス、ドイツ・レクイエムを初演を指揮する。
1868年 (ハギンズ、シリウスの視線速度を測定する)
1869年08月 メルボルン望遠鏡が稼動し始める。
1870年 クック、63.5cm屈折望遠鏡をニューオールへ納入する。
1872年 クラーク、66cm屈折望遠鏡をアメリカ海軍天文台で完成させる。
1877年08月 ホール、アメリカ海軍天文台66cm屈折望遠鏡で火星の衛星を発見する。
1879年03月30日 シュミット、生まれる。
1881年01月 アッベ、ショットに出会う。
1883年 グラブ、ウィーン天文台68.5cm屈折望遠鏡を完成させる。
1884年 ツァイス、アッベらがショット社を設立する。
1888年 リック天文台の91cm屈折望遠鏡が稼動し始める。
1894年 ツァイス社より、アッベのプリズム式双眼鏡が売り出される。
1897年 ヤーキス天文台の102cm屈折望遠鏡が完成する。
1901年 リッチー、ヤーキス天文台の60cm反射望遠鏡(f3.9)を組み立てる。
1908年 (リーヴィット、セファイド変光星の周期・光度関係を発見する)
1915年 アインシュタイン、一般相対性理論を発表する。
1917年 リッチー、ウィルソン山天文台の2.54mフッカー望遠鏡を建設する。
1925年1月 グラブの会社、自己破産状態になる。
1926年 シュミット、ハンブルク天文台で働き始める。
1928年 ヘール、5m望遠鏡計画の記事を書く。
1929年 ハッブル、銀河の後退を発見する。
1932年 ジャンスキー、宇宙電波を発見する。
1934年12月 パロマー5m望遠鏡用のガラス材が鋳造される。
1935年12月1日 シュミット、亡くなる。
1937年 リーバー、反射型電波望遠鏡を製作する。
1948年6月3日 パロマー天文台の5mヘール望遠鏡が完成する。
1948年 パロマー天文台の1.2mシュミット望遠鏡が完成する。
1950年 パロマー天文台の5mヘール望遠鏡がフル稼動し始める。
1957年 (ソ連が人工衛星「スプートニク」を打ち上げる)
1964年 (プエルトリコ・アレシボに固定型300mパラボラアンテナが完成する)
1969年 アメリカの軍事衛星がγ線バースト見つけ始める。
1973年 イギリス・シュミット望遠鏡(UKST)がオーストラリアに完成する。
1975年 ジョドレルバンク天文台の76m電波望遠鏡が完成する。
1976年 ソ連の6m大経緯台望遠鏡がゼレンチュクスカヤに完成する。
1979年 キットピーク国立天文台で二重クェーサーを発見する。
1982年 ワトソンら、UKST用光ファイバーによる多天体観測技術を開発する。
1985年 ハワード・グラブ・パーソンズ社、解散する。
1990年 ハッブル宇宙望遠鏡が打ち上げられる。
1991年 コンプトンγ線天文衛星が打ち上げられる。
1999年 チャンドラX線衛星が打ち上げられる。
2003年1月18日 ストロムロ山天文台が山火事にあう。
2003年 スピッツァー宇宙望遠鏡が打ち上げられる。

スピッツァー宇宙望遠鏡:2003年8月、NASA(米航空宇宙局)が打ち上げた宇宙望遠鏡。

フリントガラス:酸化鉛を含むガラスをさすこともあるが,一般には鉛ガラスのうち光学ガラスとして用いられるものをいう。クラウンガラスに比べ,一般に屈折率は高いが波長依存性を示すアッベ数は低い。

子午環:天体の赤経・赤緯を精密に測定するための装置。口径10~20センチメートル程度の望遠鏡、それを支える精密な架台、望遠鏡の回転角を測る高精度目盛環、天体の南中時刻を測定する時計、などにより構成される。とくに望遠鏡は東西軸のみで回転され、子午線上の天体しか見られない構造となっており、この意味で「子午儀」の一種であるが、目盛環を備えているゆえに「子午環」とよばれる。

章動:太陽と月の引力によっておこる地球の自転軸の変動のうち、歳差以外の、比較的短い周期の規則的変化。

反射望遠鏡:対物鏡に凹面鏡を用いて像を結ばせ、これを接眼レンズで拡大して見る望遠鏡。屈折望遠鏡よりも大型にできるので、主に天体望遠鏡に用いられる。

変光星:明るさが変化する恒星の総称。

定礎式:洋風建築で,工事の開始を記念して礎石 (柱下に据える石) を据える儀式。

暗線(フラウンホーファー線):連続した太陽スペクトルの中に見られる暗い筋。太陽大気の主成分である水素や微量に含まれるカルシウム、ナトリウム、マグネシウム、鉄などの不純物が、太陽内部から来る光を特定の波長だけで吸収するため現れる。

太陽スペクトル:太陽光を波長(色)ごとにわけ、波長ごとの強度を順に並べたもの。

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