トーマス・アルバ・エジソンの歴史


* 2021/12/14.

出来事
1847年2月11日(0才) トーマス・アルバ・エジソン、オハイオ州ミラーンに生まれる。
1855年(8才) わずか半年で学校を退学。
1857年(10才) 自宅の地下に実験室を作る。
1859年(12才) グランドトランク鉄道の新聞売り子となり、世界初の車内新聞「ウィークリー・ヘラルド」創刊。
1862年(15才) マウントクレメンツ駅・駅長の息子を列車事故から救い、電信技術を学ぶ。
1863年~1868年
(16才~21才)
通信手としてアメリカ、カナダをまわる。
1868年(21才) 電気投票記録機で最初の特許を取る。
1869年(22才) ティッカー(株価表示機)の特許を申請。
1870年(23才) ウエスタンユニオン社にティッカーの特許を4万ドルで売る。
1872年(25才) 自動電信機、二重交信・四重交信システム、電気ペン、複写機の研究を開始
1876年(29才) メンロパークに研究所を設立。
1877年(30才) 電話機完成。「ハロー」の挨拶を発明。蓄音機を発明。
1878年(31才) 「エジソン電灯会社」設立。
1879年10月21日(32才) 炭素フィラメントの白熱電球の実験に成功。12月、メンロパークの工場で白熱電球を一般公開。
1880年(33才) 探検家ムーアーを日本に派遣。京都、八幡男山付近の竹がフィラメント素材として最適と判断。発電機の制作。電気照明用のシステム発明。初の電気機関車実験に成功。
1881年(34才) 「エジソン電気照明会社」設立。パリの電気展で「名誉賞」受賞。
1882年(35才) 中央発電所スタート。
1884年(37才) エジソン効果(真空管発達の基礎)発見。
1887年(40才) ニュージャージー州ウェスト・オレンジ研究所設立。
1888年(41才) 改良型蓄音機の完成。エジソン系列会社が合併し、「エジソン・ゼネラル・エレクトリック」社が発足。
1889年(42才) キネトスコープ発明。パリ博覧会へ出展。
1890年(43才) 鉱山事業に取り組む。
1892年(45才) X-線の研究。「エジソン・ゼネラル・エレクトリック」社と「トムソン・ハウストン」社合併。「ゼネラル・エレクトリック(GE)」社となる。エジソンは辞任。
1898年(51才) 鉱山経営の失敗。
1900年(53才) アルカリ蓄電池の研究開始。
1901年(54才) セメント事業を始める。
1908年(61才) 活動写真特許会社の設立。
1909年(62才) アルカリ蓄電池の完成。
1914年(67才) 研究所が火事になる。再出発宣言。
1922年(75才) 「ニューヨーク・タイムズ」紙の投票で「最も偉大な生きているアメリカ人」に選ばれる。
1927年(80才) 人工ゴムの研究。
1929年(82才) 白熱電球発明50周年記念祝賀会が世界各地で開催される。
1931年10月18日(84才) 死去。

キネトスコープ:のぞきめがね式の装置で見る初期の映画鑑賞装置。箱の中でフィルムを回転させ、上からのぞいて見るもの。

真空管:電極をガラス管に封入し、管内を真空に近くしたもの。陰極から陽極に流れる電子流を制御することによって増幅、検波、整流、発振などを行える。

エジソン効果:白熱電球の中へ正電位にある金属板をおくと、加熱されたフィラメントを陰電極として、プレートとの間に真空を通して電流が流れる現象。

フィラメント:電球・真空管などの内部にあり、電流を流して熱電子を放出する、細い線。

X線:電磁波のうち、波長が1pm - 10nm程度のものを指す。高い運動エネルギーを持つ放射線の一種であり、高線量を被ばくすると健康に悪影響を及ぼす一方、レントゲン撮影や物質の結晶構造解析を始め、様々な用途に用いられている。

アルカリ蓄電池:電解液にアルカリ溶液を用い、電気を溜める蓄電池の総称。電解液には主に水酸化カリウムが用いられる。

蓄音器:音声の録音・再生を行う装置。エジソンは円柱形の蝋管を通じて音を深さで刻むという、独特かつ複雑な機構の蓄音器を開発した。

電信機:モールス信号を始め、パターン化された符号の送受信を通じて遠隔地とコミュニケーションを行う電気通信機の事。

白熱電球:ガラス球体内部にあるフィラメントに電気を流し、発生するジュール熱の輻射を利用して周囲を明るくする電球の一種。白熱球あるいはフィラメント電球ともいう。現在はより省電力・長寿命なLED電球への移行が進んでいる。

複写機:原稿や本、紙面の印刷内容をそのまま別の紙に写し取る装置。通称コピー機。

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