農薬の歴史


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BHC:有機塩素系の殺虫剤。ベンゼン環に六つの塩素が付加した形の化合物。8種の異性体があり、そのうちγ(ガンマ)異性体が殺虫性を示す。発癌性があり、現在は使用禁止。

防除(ぼうじょ):生物による害を防ぐため、その進入の防止・個体数の管理などを行うこと。

防虫菊:原産国は地中海・中央アジアといわれ、セルビア共和国(旧ユーゴスラビア)で発見。この花は古くから殺虫効果があることが知られており、現在もケニアをはじめ世界各地で殺虫剤の原料として栽培されている。

ベンゼン環:ベンゼンをはじめとして各種の芳香族化合物に含まれる6個の炭素原子からなる環のことをいう。

* 2021/06/26.

【ゆっくり解説】農学の世界・農薬~農薬の歴史~
年代 歴史
1700年代以前 約3000年前のローマ時代から、病害虫の防除に薬剤は用いられてきましたが、ほとんど効果はありませんでした。また、大量生産することもできなかったため、一般に販売されることもありませんでした。
薬剤以外には祈祷やまじないが行われてきましたが、実際の防除に効果があったとは考えにくいです。
1750年頃
(江戸時代)
日本では初めて有効な害虫防除が出来るようになりました。油を水田に注ぎ、水面上に油膜を張り、その上に害虫をはらい落して、害虫を窒息させる方法でした。注油法と呼ばれるものです。
1700年代頃~
1800年代
1700年代頃、欧州で防虫菊の粉が害虫の防除に効果があることがわかり、商品としても流通し始めました。また、デリスという植物の根も使われ始めました。
1851年、フランスのグリソン氏が、石灰硫黄合剤(石灰と硫黄を混ぜた物)がブドウの病害に効果があることを発見しました。
1880年頃、フランスで、ボルドー液(硫酸銅に石灰を混ぜた物)がブドウの病害に効果があることが発見されました。
1900年前後
(明治~大正時代)
この頃の日本では、諸外国で発明されていた農薬の導入、国産化への着手が行われ、石灰硫黄合剤や防虫菊粉、ボルドー液など現在使われているような農薬が登場します。これらの農薬は、農産物の生産に大きく寄与しました。
1938年 DDT(※1)がスイスのミュラーによって発見されました。DDTは大量に合成可能な化合物を殺虫剤として最初に実用化したものだったため、その後の農薬開発の基礎となるものでした。農薬としての殺虫効果も強力で、第2次世界大戦後はマラリア・蚊・しらみなどの撲滅に大きな効果を発揮しました。
1940年~1944年 DDTに刺激され各国で研究がはじまり、高い殺虫効果がある様々な有機合成農薬(現在の農薬の9割は有機合成農薬)が誕生しました。
1944年には初の除草剤が誕生しました。
1945年~
(昭和20年~)
外国からDDTやBHCなどの有機合成農薬が入り、戦後初期の食糧増産時代の農産物生産に大きく貢献しました。
昭和30年(1955年)代以降は、日本でも農薬の開発・研究が積極的に進められ、現在までに150以上の農薬が開発されています。
1962年以降 アメリカのカーソン女史が発表した『(Silent Spring)サイレントスプリング』(※2)は世界中で大きな反響を呼びました。この本は、殺虫剤のDDTなどが自然界で分解されにくく、環境に蓄積し、害を招く危険性を指摘したものでした。
これ以降、農薬の安全性に関する議論が沸騰し、危険な農薬は次々に淘汰されていきました。そして、農薬の登録の際は各種毒性試験や自然界への残留試験を行うなど、農薬の毒性や環境への影響が考慮され、年々規制が厳しくなっています。
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