フリーメイソンであるとされるドイツ・オーストリアの著名人


* 2021/12/29.

名前 生及び入会 詳細
レオポルト・モーツァルト 1719年生 音楽家。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの父親。
ゴットホールト・エフライム・レッシング 1729年生、1771年10月14日入会 思想家。作家。
ヨハン・クリスティアン・バッハ 1735年生 オペラ作曲家。「音楽の父」ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(J.S.バッハ)の息子。ロンドンのロッジ「Nine Muses No. 235」所属。その所属の日付は1778年6月15日である。このロンドンのロッジは当初No. 235ではなかった。父J.S.バッハに関しては、『10000 Famous Freemasons』にJ.S.バッハの項目はない。しかし、J.S.バッハがパリ(ロンドンではなく)のロッジ「Nine Muses No. 235」所属のメイソンであるという調査がある。またさらに、グロスターの「Nine Muses Lodge 235」でPast Masterを務めていた人物によると、このグロスターのロッジは1777年に設立されたが、400年遡ることができ、モーツァルトやJ.S.バッハが「Nine Muses Lodge」を訪れたのであるという。
アダム・ヴァイスハウプト 1748年生、1777年入会 哲学者。バイエルン王国で秘密結社イルミナティを設立した。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ 1749年生、1780年1月入会 作家。著書は『若きウェルテルの悩み』『ファウスト』など。ゲーテの詩『野ばら』と『魔王』を歌曲にしたメイソンの音楽家がいる。
フリードリヒ・フォン・シラー 1759年生 ベートーヴェン『歓喜の歌』の歌詞のもとになっているシラーが書いた「自由」を称賛する詩1785年)は、シラー生涯の親友でライプツィヒのロッジ「三本のヤシの木の中のミネルヴァ」(Minerva zu den drei Palmen)に所属するフリーメイソンクリスティアン・ゴットフリート・ケルナーの依頼でドレスデンのロッジ「三振りの剣」(Zu den drei Schwertern)が行うメイソンリーの儀式のために書いた詩である。1790年代にケルナーは詩を書き直した(ケルナー版『歓喜の歌』)。ケルナーは1813年に「三振りの剣」ロッジのWorshipful Masterとなった。
ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ 1762年生 哲学者。イェーナ大学教授、ベルリン大学初代哲学教授。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 1770年生 音楽家。ベートーヴェンがフリーメイソンであったかについては専門家の中でも意見が分かれている。『10000 Famous Freemasons』にベートーヴェンの項目はない。ボン市の「ロッジ・ベートーヴェン」(Loge Beethoven zur ewigen Harmonie)は、ベートーヴェンをメイソンでない可能性もないわけではないと言っている。『交響曲第9番』第4楽章(主題『歓喜の歌』)の歌は、フリーメイソンのシラーによってフリーメイソンリーの儀式のために書かれた1785年の詩に由来する。主題『歓喜の歌』はロッジ「Humanitas」でフリーメイソンになったリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵により欧州の歌にする提案もなされた。ベートーヴェンの1806年の作品『What is the Mason’s aim』は、ボンのロッジ「Loge des Freres Courageaux a l'Orient de Bonn」のために書かれた歌である。ベートーヴェンがメイソンの儀式の演奏会に出席した記録があり、それらに出席するためには「恐らく」メイソンでなければならなかった。『弦楽四重奏曲第7番』第3楽章最後の頁にベートーヴェンは「Einen Trauerweiden oder Akazien-Baum aufs Grab meines Bruders」という言葉を書いた。ベートーヴェンは弟カスパールの結婚を案じてこれを書いたという説があるが、他の説ではメイソンに関連する言葉である(アカシアはメイソンのシンボルである)。
ハインリヒ・マルクス 1777年生 ユダヤ教の指導者。弁護士。カール・マルクス(マルクス主義の開祖で共産主義者)の父親。ドイツ・グランドロッジが発行するフリーメイソンの機関誌『HUMANITAT』(人類)の1992年第5号 によると、彼はフランス大東社(GODF)の「Loge L'Etoile Anseatique」(ハンザの星ロッジ)に入会した。このロッジは1812年から1813年頃、フランス大東社がドイツの都市オスナブリュックに設立した。息子のカールはあるインタビューでフリーメイソンに言及しているが、少なくともそれ時点においてカールはフリーメイソンではなかったであろうことが示唆されている。
ルイ・シュポーア 1784年生 音楽家。
ジャコモ・マイアベーア 1791年生 音楽家。
カール・レーヴェ 1796年生 音楽家。
ハインリヒ・ハイネ 1797年生 詩人。パリのロッジ「Les Trinosophes」のメンバー。ハイネの詩集『歌の本』の詩を曲にしたメイソンの音楽家がいる。
フェリックス・メンデルスゾーン 1809年生 ロマン派音楽の音楽家。代表作は『無言歌』『夏の夜の夢』など。
ハインリヒ・シュリーマン 1822年生 考古学者。
ヨハネス・ブラームス 1833年生 音楽家。代表作は『交響曲第4番』など。『埋葬の歌』(Begrabnisgesang)op. 13は、その意図するところがモーツァルトの『フリーメイソンのための葬送音楽』をはじめとする18世紀から19世紀にフリーメイソンの儀式のために作曲された葬送作品群に類似する。ブラームス『埋葬の歌』はモーツァルト『フリーメイソンのための葬送音楽』同様にハ短調であり、ハ短調と変ホ長調に用いられる調号「3つのフラット」はメイソンを象徴する。
ヘルマン・ヘッセ 1877年生 作家。著書は『車輪の下』など。1946年ノーベル文学賞受賞。
グスタフ・シュトレーゼマン 1878年生、1923年入会 ドイツ首相、外相。1926年ノーベル平和賞。ロッジ「フリードリヒ大王」(Friedrich der Grose)所属。
オットー・クレンペラー 1885年生 音楽家。

フリーメイソン:16世紀後半から17世紀初頭に、判然としない起源から起きた友愛結社。 多様な形で全世界に存在し、会員数は600万人を超える。

イルミナティ:イエズス会の修道士だったインゴルシュタット大学教授のアダム・ヴァイスハウプトが1776年に創設した秘密結社である。ドイツ南部とオーストリアにおいて一世を風靡し、特にバイエルンで急激に発展した。しかし、その無政府主義的な傾向からバイエルン政府によって1785年に禁圧された。

イェーナ大学:ドイツ・テューリンゲン州のイェーナにある大学。通称イェーナ大学。

バイエルン王国:バイエルン公国を起源として、19世紀初めから20世紀のドイツ革命まで存在したドイツ南部の王国。ミュンヘンを首都とし、ヴィッテルスバッハ家によって治められた。

ロッジ:世界各地にあるフリーメイソンの活動拠点 (Masonic Lodge)。グランドロッジから見た支部。

思想家:様々な思想・考えに関する問題を研究し、学び、考察し、熟考し、あるいは問うて答えるために、自分の知性を使おうと試みる人。日本語では哲学者(philosopher)と同義で使われる場合が多い。

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