* 2021/11/25.

年齢 出来事
0歳 1955年に和歌山県串本町の水産加工業の次男として生まれる。【来歴】
明石家 さんま(あかしや さんま、1955年〈昭和30年〉7月1日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者。【明石家 さんま】
18歳 1974年2月、高校3年の時に笑福亭松之助に弟子入り。【来歴】
入門の動機は、花月劇場で見た松之助の新作落語が面白かったからだという。初めて顔を合わせた際、松之助に「なぜ僕を選んだのか」と入門の理由を問われたさんまは「センスがよろしいから」と、素直な気持ちを伝えたつもりだったが、これに対し松之助は「そら、おおきに」と返答。この日すぐ松之助はさんまを自身の仕事先であるラジオ局に連れて行った。【来歴】
19歳 NHKが1975年から2003年にかけて毎年実施していた好きなタレント調査では、1985年に男性1位に選ばれてからは、2003年に調査終了するまでの19回のうち通算12回(1985年 - 1989年、1995年、1998年 - 2003年)で男性1位を獲得、それ以外は全て男性2位となっている。【評価】
20歳 1976年1月、「11PM」の読売テレビ制作担当日(大阪イレブン)にて生放送された、20歳を迎える上方落語家をスタジオに集めてトークする企画「落語家の成人式」に、さんまは屋号をそれまで名乗っていた笑福亭ではなく明石家さんまとして、同期の桂小枝らと出演し、これがテレビデビューとなった。【来歴】
22歳 母の償い「第1話」(1978年、TBS)※テレビドラマ初出演【出演作品】
小禄との漫才では、小禄のアドリブで小林繁(当時は読売ジャイアンツ投手)の投球フォームを披露するように振られ実際に形態模写を行ったところそれが客にウケ、徐々に人気が高まった。その後、桂三枝の目に留まり、毎日放送の人気番組「ヤングおー!おー!」に定期的に出演するようになり、1978年頃からレギュラーとなった。【来歴】
三枝の愛称「サニー」にあやかって「チャッピー」と愛称を付けられ、三枝の愛と厳しさに育まれながら、次第に頭角をあらわし、林家小染・月亭八方・桂きん枝・桂文珍の番組内ユニット「ザ・パンダ」を改編して、さんまを加入させた「サニーズ・オオサカスペシャル(S.O.S)」を立ち上げ、諸先輩を差し置いて1コーナーを任されるまでになり、単独でレコードが発売されるなど、やがて関西を中心にアイドル的な人気となる。【来歴】
初のメディアでのレギュラー番組は、1978年の毎日放送「ふれあい広場決定版」。【来歴】
東京での初仕事は、1978年のフジテレビ正月特番「はつもうで、三枝の爆笑ヒットパレード」だった。【来歴】
23歳 1st 1979年9月21日 Mr.アンダースロー 君のとなりにいてあげる EP 06SH-627 -【ディスコグラフィー】
24歳 プロデューサーの横澤彪との出会いから、「スター千一夜」に出演するなど、横澤が担当する多くの番組に重用される事になる。同じ頃の1979年10月にはニッポン放送で「明石家さんまのオールナイトニッポン」などレギュラーをもつなど徐々に東京にも進出しはじめ、1980年代に入ると、漫才ブームに乗っかって「THE MANZAI」等に出演して春風亭小朝と即興漫才を披露し、1980年放送開始の「笑ってる場合ですよ!」でレギュラーとなる。【来歴】
大喜劇!忠臣蔵(1980年1月1日、毎日放送)【出演作品】
2nd 1980年8月31日 Bigな気分 悲しい女のままで 07SH-826 -【ディスコグラフィー】
1st 1980年9月1日 Bigな気分 LP 27AH-1036 -【ディスコグラフィー】
これは同調査において1980年代・1990年代共に第1位の記録。【評価】
吉本では1980年代から特に村上ショージ、間寛平、Mr.オクレ、ジミー大西らと番組で共演することが多い。【人物】
またデビュー当初から島田紳助や松本竜介、オール阪神らとは一緒に遊んだり、営業に一緒に出演する機会が多く、結婚前は私生活でもお互いの家に出入りする仲であった。紳助が芸能界を引退した後は、実際に会うことは無いが、紳助から電話がかかってきたエピソードなどについて言及することがある。吉本以外の芸能人でも飲み仲間としてガダルカナル・タカ、笑福亭笑瓶、松尾伴内、温水洋一など、麻雀仲間としてインスタントジョンソンのじゃいやアンジャッシュの児嶋一哉などとプライベートでの親交がある。【人物】
1980年代には日本サッカーリーグをなんとか盛り上げようとキャンペーンポスターのモデルに選ばれたほか、サッカーマガジンで「明石家さんまの爆笑キックオフ対談」を連載していたり、漫画家の望月三起也と共に芸能人サッカーチーム「ザ・ミイラ」の発起人となるなど。【人物】
サッカー好きタレントとして人気が下火になっていた日本のサッカー人気なんとか盛り上げようとしていた。この頃よりラモス瑠偉や都並敏史などと親交を持ち、その後もトーク番組で共演することが多い。【人物】
恋のかけら-大阪物語-(1980年3月9日、関西テレビ)【出演作品】
25歳 ビッグな気分―いくつもの夜を超えて(1980年8月、 集英社 )【著書】
東京での初めてのドラマ出演は、1980年10月からTBS系列で半年間放送した「天皇の料理番」だった。【来歴】
ゆるしません! 「第1・2話」(1980年10月2日・7日、関西テレビ) - 吉田刑事 役【出演作品】
天皇の料理番 (1980年10月19日 - 1981年3月22日、TBS) - 平野(山本)辰吉 役【出演作品】
マンザイ太閤記(1981年)【出演作品】
3rd 1981年5月21日 いくつもの夜を超えて Shakin' Street 07SH-983 -【ディスコグラフィー】
そして1981年にスタートした「オレたちひょうきん族」にレギュラー出演して、ビートたけしと共に看板出演者となり、同年放送開始の「さんまのサタデーナイトショー」(テレビ東京)で、冠番組を獲得している。【来歴】
五瓣の椿 (1981年4月2日、 読売テレビ 、 木曜ゴールデンドラマ )【出演作品】
裸の大将放浪記 ・第5作(1981年5月3日、関西テレビ、 花王名人劇場 )【出演作品】
スターのお部屋拝見―人気者のプライバシーを侵害(角川文庫)(1981年6月、 角川書店 ) ISBN 978-4044218010【著書】
26歳 次郎長青春篇 つっぱり清水港(1982年)【出演作品】
島田紳助, 明石家さんま 1982年 い・け・な・いお化粧マジック I Love You したいよ EP 06SH-627 - 忌野清志郎+坂本龍一の「い・け・な・いルージュマジック」のパロディ【ディスコグラフィー】
ひまわりの歌 「第15話」(1982年2月26日、TBS)【出演作品】
27歳 シャネルズ・さんまの笑タイム(1982年9月5日、日曜お楽しみ劇場)【出演作品】
意地悪ばあさん 「第55話」(1982年12月6日、フジテレビ)【出演作品】
新・女捜査官 「第7話 刑事の初恋は夫殺しの美女!」(1983年、朝日放送)【出演作品】
唐獅子株式会社 (1983年、 東映 )【出演作品】
アミダばばあ & タケちゃんマン 1983年10月21日 アミダばばあの唄 アミアミダダバ アミダばば 7A-0328 47位 シングル・ジャケットには2種類あり、タイトルの色が黄色系のが1stプレス、2nd以降は赤。【ディスコグラフィー】
男はたいへん(1983年2月 - 3月、毎日放送)【出演作品】
28歳 どきどき婦警さん1(1983年9月26日、フジテレビ、 月曜ドラマランド )【出演作品】
タケちゃんマン & ナンデスカマン 1984年5月21日 ビックリ箱のうた タケちゃんマンロボのテーマ「愛より強く」 7A-0369 -【ディスコグラフィー】
初出演は 1984年 2月13日 の「 テレフォンショッキング 」のテレフォンゲスト。この時に翌日のテレフォンゲストとして、司会のタモリがかねてから「嫌い」と公言していた 小田和正 を紹介した。【人気番組でのエピソード】
やすきよの御用だ!まかせなさい(1984年1月4日、朝日放送)【出演作品】
1984年4月からは「笑ってる場合ですよ!」後番組の「笑っていいとも!」にも、金曜日レギュラーになるなど、大阪中心から東京中心に活躍の場を移していくとともに、当時は下に見られていた東京での大阪芸人としての地位を築いた。【来歴】
のんき君2(1984年4月9日)【出演作品】
風の中のあいつ (1984年5月12日 - 9月29日、読売テレビ)【出演作品】
29歳 こんな男でよかったら(1984年10月、ニッポン放送出版) ISBN 978-4893530219【著書】
のんき君3(1984年10月4日)【出演作品】
離婚テキレイ期(1984年10月9日 - 12月25日、TBS)【出演作品】
心はロンリー気持ちは「…」1(1984年12月17日、月曜ドラマランド)主演【出演作品】
パンツの穴 花柄畑でインプット(1985年、東映)【出演作品】
必殺! ブラウン館の怪物たち (1985年、 松竹 ) - 沖田総司 役【出演作品】
パイロットコーポレーション 「QUATRO」(1985年、万年筆、ボールペン、シャープペンシル)【出演作品】
スズキ 「Hi PERSON 'S」(1985年)「Hi Walter Wolf」(1986年)【出演作品】
1985年、第1回東京国際映画祭において、タモリとともに司会を務める。【来歴】
後日、その司会ぶりが「ふざけた司会者」・「ソフィー・マルソーに知っとるケと言う始末」と新聞紙面上で非難される。2回目以降も総合司会を任される予定だったが、1回で降板になった。【来歴】
澪つくし (1985年4月1日 - 10月5日、NHK、 NHK朝の連続テレビ小説 )- ラッパの弥太郎 役【出演作品】
花の女子校 聖カトレア学園(1985年4月10日 - 10月2日、テレビ東京)【出演作品】
30歳 心はロンリー気持ちは「…」2(1985年7月15日、月曜ドラマランド) - 主演・順平 役【出演作品】
気になるあいつ (1985年8月3日 - 12月28日、日本テレビ)【出演作品】
この時期は多忙を極め、大阪と東京を週に何往復もしていた。1985年8月12日、「MBSヤングタウン」出演のため、伊丹行きの日本航空123便に搭乗する予定だったが、搭乗前の「ひょうきん族」の収録が予定より早めに終わり、一便早い全日空の便に振り替えたためにその墜落事故を免れた。【来歴】
好色一代男 世之介の愛して愛して物語(1986年1月1日、TBS) - 世之介 役【出演作品】
キッコーマン 「ぽん酢しょうゆ」(1986年 - 1987年)、「丸大豆しょうゆ」(2009年 -)【出演作品】
4th 1986年8月20日 シングル・ベッド TEKU TEKU EP 7A-0619 31位 チャゲ&飛鳥のアルバム『MIX BLOOD』でセルフカバー【ディスコグラフィー】
2nd 1986年3月21日 世渡り上手 LP C28A-0557 -【ディスコグラフィー】
春風一番! (1986年1月11日 - 3月29日、日本テレビ)【出演作品】
さんまのまんま(1986年2月、CBS・ソニー出版) ISBN 978-4789702256【著書】
心はロンリー気持ちは「…」3(1986年2月21日、金曜おもしろバラエティ)【出演作品】
続・さんまのまんま(1986年6月、CBS・ソニー出版) ISBN 978-4789702386【著書】
31歳 1986年7月よりTBSテレビドラマ『男女7人夏物語』、1987年10月よりその続編である『男女7人秋物語』に主演し、いずれも最高視聴率が30%を越えるなど名実ともに国民的スターとなる。【来歴】
心はロンリー気持ちは「…」4(1986年9月26日、 木曜ドラマストリート )【出演作品】
さんまのまんま(続々)(1986年10月、CBS・ソニー出版、写真: 渡辺克巳 ) ISBN 978-4789702508【著書】
19 ナインティーン (1987年、 東宝 ) - 明石家さんま(本人)役【出演作品】
ゴルフ夜明け前 (1987年、東宝) - 写真師 役【出演作品】
さんまの名探偵 (1987年、 ナムコ / ファミリーコンピュータ )【出演作品】
5th 1987年2月21日 真赤なウソ EP 4A-0684 17位 片面シングル コーラス:高井麻巳子 高見沢俊彦による信号機3部作の第1作 初回発売盤は赤色のレコード仕様。【ディスコグラフィー】
6th 1987年8月21日 サンキュー EP 4A-0766 12位 片面シングル【ディスコグラフィー】
1987年11月21日 しあわせって何だっけ CD D15A-0332 - ポニーキャニオンから発売された『SINGLE CD 3』シリーズの一つ。【ディスコグラフィー】
JNNデータバンク調べによる好感度タレントの支持率調査では、1987年10月に支持率41.3%、1999年5月に支持率43.1%を記録。【評価】
さんまのまんま〈スペシャル 4〉(1987年2月、CBS・ソニー出版) ISBN 978-4789702591【著書】
家政婦・織枝の体験5(1987年2月11日、TBS、 水曜ドラマスペシャル )【出演作品】
心はロンリー気持ちは「…」5(1987年3月20日、木曜ドラマストリート)【出演作品】
さんまの花ムコ見習い試験(1987年4月1日、TBS、水曜ドラマスペシャル)【出演作品】
1987年4月、ナムコ(現在のバンダイナムコエンターテインメント)がファミリーコンピュータ用ソフト『さんまの名探偵』を発売し、人気を博す。しかし吉本興業が本人の許可を取らずにメーカーに制作・発売を許可したため、事実を知ったのは発売後だった。【来歴】
男女7人夏物語 評判編 生放送だよ!さんちゃん・しーちゃんのなんでもトーク(1987年4月3日)【出演作品】
32歳 オバの魔法使い(1987年8月10日、フジテレビ、ライオンスペシャル、夏休み妖怪バラエティ) - オバの魔法使い【出演作品】
アナウンサーぷっつん物語スペシャル(1987年10月1日、フジテレビ)【出演作品】
心はロンリー気持ちは「…」6(1987年10月2日、 ザ・ドラマチックナイト )【出演作品】
新春スペシャル 善化者〜さんまのホンじゃたのンます〜(1988年1月1日、フジテレビ)※3話オムニバス形式【出演作品】
いこかもどろか (1988年、東宝、 主演・田口翔平役 (大竹しのぶとのW主演)【出演作品】
1988年5月21日 8cmCD S10A-0080 -【ディスコグラフィー】
1988年5月21日 世渡り上手 8cmCD S10A-0081 -【ディスコグラフィー】
7th 1988年3月21日 蒼いタメイキ My Sweet Home Town EP 7A0-835 17位 高見沢俊彦による信号機3部作の第2作【ディスコグラフィー】
8th 1988年11月21日 YELLOW SUNSHINE 愛の始まり EP 7A-0921 44位 高見沢俊彦による信号機3部作の最終作【ディスコグラフィー】
3chan 1988年12月28日 あっぱれさんま大先生 ボク知ってるヨ (歌:4chan) EP 7A-0938 84位【ディスコグラフィー】
3rd 1988年9月21日 こういう自分がS・U・K・I LP C28A-0666 - 高見沢俊彦プロデュース【ディスコグラフィー】
同年7月18日 - 7月19日にかけて生放送された『第1回FNS27時間テレビ・FNSスーパースペシャル 一億人のテレビ夢列島』の総合司会をタモリと共に担当。深夜のコーナーでフライデー事件で謹慎していたビートたけしが登場。これをきっかけにして、タモリ・たけし・さんまで、正月にゴルフ番組をしようとする企画が生まれ、タイトルが「BIG3」となり、結果的にこの3人がBIG3とよばれるようになった。翌1988年は司会を辞退したが、1989年にも『FNSスーパースペシャル 一億人のテレビ夢列島'89』の総合司会を再びタモリと共に担当した。【来歴】
子連れ家政婦アッコさん(1988年3月25日、フジテレビ)【出演作品】
明石第三小隊物語・男の約束(1988年4月2日、フジテレビ、春のひょうきんスペシャル)【出演作品】
男女7人秋物語 評判編 さんちゃんしーちゃんなんでもトーク!7人再会!!(1988年4月4日)【出演作品】
心はロンリー気持ちは「…」7(1988年5月13日、 男と女のミステリー )【出演作品】
33歳 1988年10月、交際していた女優の大竹しのぶと結婚し、翌1989年に娘のIMALUが誕生した。【来歴】
特別企画 さんまの「おれは裸だ」(1988年10月10日、読売テレビ、 木曜ゴールデンドラマ ) - 大和菊夫 役【出演作品】
風よ、鈴鹿へ (1988年11月5日、TBS、原作: 島田紳助 )※友情出演【出演作品】
さんまのほんじゃたのんます(1988年11月25日、フジテレビ)【出演作品】
夢の祭り(1989年)【出演作品】
飛竜 「冷めん」(声のみ)(1989年)【出演作品】
9th 1989年11月21日 川の流れに ありがとうHEAVEN PCDA-00022 -【ディスコグラフィー】
1st 1989年3月21日 いくつもの夜を超えて CD 32DH-5212 -【ディスコグラフィー】
2nd 1989年6月21日 しあわせって何だっけ 明石家さんまベストアルバム CD D29A-1019 -【ディスコグラフィー】
心はロンリー気持ちは「…」8(1989年3月3日、男と女のミステリー)【出演作品】
ナオコ、さんまの結婚式ララバイ(1989年5月23日、朝日放送、 火曜スーパーワイド )【出演作品】
34歳 1989年9月大竹との間に長女・いまるが誕生する。【人物】
大竹には死別した先夫との間に男子がいたが、お父さんとは呼びにくいという事で、いまるともども「ボス」と呼ばせ、離婚後もそう呼ばせている。【人物】
明石家さんま殺人事件 (1989年9月29日、フジテレビ、男と女のミステリー)- 明石家さんま(本人)役【出演作品】
1989年10月で『ひょうきん族』が放送終了すると同時に、しばらくは育児に専念するために仕事をセーブするようになり、全国ネットのレギュラー番組も『笑っていいとも』、『さんまのまんま』、『あっぱれさんま大先生』のみとなり、ゴールデン帯のレギュラー番組が一時期なくなっていた。【来歴】
心はロンリー気持ちは「…」9(1989年11月24日、男と女のミステリー)【出演作品】
丹波哲郎 の大霊界2 死んだらおどろいた!!(1990年、松竹)【出演作品】
どっちもどっち (1990年、東宝) - 主演・村田正道 役【出演作品】
リリがみたやさしい虹 (1990年、OVA) - ジョー 役【出演作品】
1990年 4月に始まった曜日対抗のコーナー「爆笑!オールスター・タモリンピック」について「お笑い芸人が真面目にゲームをしても面白くない」という自身のポリシーの元、ゲーム内でボケをかまし続けたところ、当時のディレクター から「真面目にやって下さい!」と注意された。 1992年 の特大号の中でもこの不満を爆発させ、翌 1993年 と 1994年 は特大号自体を欠席している。 1993年 10月で「タモリンピック」のコーナーは終了し、プロデューサーだった 佐藤義和 との協議・相談の結果、苦肉の策としてゲームではない形の後続曜日横断コーナー(「今日の反省会」→「いいとも!ひと言人生相談」→「勝手にハッピーバースデー!!」)が立ち上げられたものの、さんまは他レギュラー陣とのコーナーに関しては参加をボイコットするなど番組サイドとの溝は最後まで埋まらず、 1995年 9月29日 をもってレギュラーを降板した。【人気番組でのエピソード】
男女七人秋物語以降は、主演としてのドラマ出演も控えていたが、1990年代後半には年一のペースで主演するようになる。【来歴】
1990年代以降は2002 FIFAワールドカップが開催される前にはフジテレビで『さんまの天国と地獄』というサッカー番組のメインパーソナリティを務めるなどワールドカップやクラブワールドカップなどの関連番組ではサッカー通タレントの筆頭格としてキャスターやコメンテーターを務めることも多く監督や選手に下世話なツッコミを入れて番組を盛り上げようとすることが定番。【人物】
日本テレビが中継するトヨタカップでは、ゲストとして毎年、現地で観戦しており、発展解消後の、FIFAクラブワールドカップでも、全試合ではないが、日本国内での試合は現地観戦、日本国外での試合は、スタジオで観戦している。【人物】
35歳 91 春の特別編 「偶然やろ?」(1991年) - 秋山満男 ※原案も担当【出演作品】
ファンキー・モンキー・ティーチャー (1991年)【出演作品】
秘密の二人(1991年)【出演作品】
カルビー 「 かっぱえびせん 」(1991年)【出演作品】
また1991年にはOVA『リリが見たやさしい虹』を原案および声優(ジョー役)として参加(リリ役は大竹しのぶ)。【来歴】
リリが見たやさしい虹(1991年4月、角川書店) ISBN 978-4048726405【著書】
36歳 「スローモーション」(1992年)【出演作品】
明石家さんまプロデュース 今回もコントだけ (1992年 - )【出演作品】
バブル崩壊も相まって、しばらくは8億5千万円の豪邸が中々売却できずに、「同情するなら家買って」など自虐ネタなどもギャグにしていた。結局数年後3億円まで落として売却されたため、5億円の借金が残った。そのため1992年4月から、『さんまのからくりTV(1996年4月から『さんまのSUPERからくりTV』)』、1993年4月から『さんまのナンでもダービー』、1994年4月からは『恋のから騒ぎ』がそれぞれ放送開始するなど仕事の量も増やし、前述の好感度調査も1995年には6年ぶりに1位になり、1998年以降は再び連続して1位になっている。【来歴】
ふんだりけったり(1992年4月16日、読売テレビ、 ドラマシティ'92 )主演【出演作品】
37歳 ずっとあなたが好きだった 第5話「涙の誕生日」(1992年7月31日、TBS)※友情出演【出演作品】
1992年9月、大竹しのぶと離婚。【来歴】
大竹とは1992年9月に離婚。【人物】
ユーミン・ドラマブックス「ノーサイド」(1992年10月11日、TBS、秋のドラマスペシャル)【出演作品】
新春大型時代劇スペシャル 天下を獲った男 豊臣秀吉 (1993年1月1日、TBS) - 足軽組頭 役【出演作品】
ネスレ日本 「ブラック」「サンタマルタ」「モンテアルバン」(1993年 - 1999年)※この他 マライア・キャリー と共演した広告もある【出演作品】
極道落ちこぼれ1 カタギになりたい!(1993年4月3日)【出演作品】
38歳 とられてたまるか!? (1994年、東宝) - 泥棒 役【出演作品】
極道落ちこぼれ2 駆けおちしました!?(1994年4月8日)【出演作品】
39歳 1995年 12月22日 金曜日に翌年年明け放送・自身が司会の 年末年始 特番「 明石家福禄寿の史上最大のプレゼントショー "正月なのに…"編 」の番宣で、降板以来3ヶ月ぶりにゲスト出演。 ナインティナイン がコーナー司会を務めていた「ジジィびんびん物語」のコーナーにも出演する。ゲストとしては珍しい後説のコーナー(増刊号の「放送終了後」のコーナー)出演も行い、タモリ・金曜レギュラー後任のナイナイ・ 勝俣州和 ・ 田原俊彦 とフリートークを繰り広げた。【人気番組でのエピソード】
40歳 番組スタッフとの確執がきっかけで、1995年9月をもって、金曜レギュラーとして11年半出演した『笑っていいとも!』を降板した。【来歴】
恋も2度目なら スペシャル あのバツイチコンビ復活!(1995年10月11日)【出演作品】
第2シーズン 第1話「しゃべりすぎた男」(1996年1月10日)【出演作品】
その他では1996年1月10日にはフジテレビの人気刑事ドラマ「古畑任三郎」シーズン2の初回スペシャルでは古畑の部下である今泉巡査の知り合いでやり手の弁護士・小清水潔を演じる。しかしながらセリフが多く、それを覚えられないさんまに対し、主演の田村正和が撮影中に「今度間違えたら自分が帰りますよ」と言ったという。しかし、その直後に田村自身が「古畑任三郎」の中では初めてとなるNGを出してしまい、さんまが「あんた、これ貸しな。これでおあいこや」と田村に冗談交じりに発言した。その事でスタッフ一同は凍りつき、さんまはスタッフに別室に呼び出され、「あれはダメなの」と叱られ、その後は絶対にNGが出せない状況の中でなんとか無事に撮影を終了した。なお第一シーズンは平均視聴率は10%半ばだったが、この放送は視聴率25%をたたき出し古畑を人気シリーズへとを高める役割を果たした。【来歴】
その気になるまで (1996年4月7日 - 6月30日、TBS、 東芝日曜劇場 ) - 主演・田口賢一 役【出演作品】
第2シーズン 第25話「消えた古畑任三郎」(1996年4月9日)【出演作品】
41歳 ガラスの靴 (1997年、日本テレビ)【出演作品】
まむしの兄弟 (1997年)【出演作品】
1997年 12月11日 木曜日に「テレフォンショッキング」に、前妻である大竹しのぶの紹介でゲスト出演。前日の電話の際には大竹に対し「俺、お前の友達ちゃうやろ!」と発言した 。以後同番組への出演はなかったが、自身が総合司会を務めた 2008年 7月の『 FNS27時間テレビ 』内の「増刊号生スペシャル」にて行われた「テレフォンショッキング」に ビビる大木 の紹介で登場、タモリと約47分間のフリートークを繰り広げた。当日の新聞のラテ欄には「タモリとテレフォンショッキングで最長記録樹立か」と書かれていたが、その言葉通り「 増刊号生スペシャル 」も含めた全てのテレフォンショッキングの中で最長記録を樹立した 。【人気番組でのエピソード】
42歳 心はロンリー気持ちは「…」10 南の国から'97 (1997年8月29日、 金曜エンタテイメント )【出演作品】
恋のバカンススペシャル(1997年10月1日)【出演作品】
4th 1998年12月9日 ピーターと狼 CD TOCE-11084 - さんま唯一のクラシックアルバム。さんまはナレーションを担当【ディスコグラフィー】
星に願いを(1998年4月1日、日本テレビ、明石家さんまドラマSP) - 龍太 役【出演作品】
43歳 世界で一番パパが好き (1998年7月8日 - 9月23日、フジテレビ)- 主演・岡田善三 役【出演作品】
元禄繚乱 「第13話 誘拐」(1999年、 NHK大河ドラマ ) - 笹屋の主人・清右衛門 役【出演作品】
明石家さんま&所ジョージ・ゲスト工藤静香 1999年3月17日 明石家さんまさんに聞いてみないとネ 総合入場行進曲 PCDA-01143 30位【ディスコグラフィー】
1999年3月18日 PCCA-01298【ディスコグラフィー】
1999年に「日本で最も露出の多いテレビスター」としてギネスブック世界記録認定。【評価】
また、1999年5月の支持率43.1%は、1971年〜1999年においても第1位の記録である。【評価】
44歳 甘い生活。 (1999年7月7日 - 9月22日、日本テレビ)- 主演・鵜飼力丸 役【出演作品】
七人ぐらいの兵士 全4回(2000年、日本テレビ) - 主演・水嶋兵吉【出演作品】
七人ぐらいの兵士 (2000年 - 2001年 - 2015年)- 生瀬勝久 と共に主演【出演作品】
日本テレコム 「 マイライン 」(2000年)【出演作品】
SMAPと親交を深め、多くの番組で各メンバーと共演した。特番はじめ年一回のレギュラーとして、2000年から2016年までは中居正広と『さんま・中居の今夜も眠れない』で共演し、2003年からは正月特番として木村拓哉と『さんタク』で共演している。【来歴】
2000年代以降の歌手ならMISIAなどと親交をもち、NETFLIXの「Jimmy〜アホみたいなホンマの話〜」の主題歌としてMISIAがさんまのお気に入りでもある甲斐バンドの楽曲『最後の夜汽車』をカバーした。どちらかというとメロディよりも歌詞に重きを置いているようで、大塚愛の『さくらんぼ』、森高千里の『渡良瀬橋』、AKB48の『恋するフォーチュンクッキー』、西野カナの『Darling』のようなかわいい歌詞を好んでいる。【人物】
45歳 真夏のクリスマス「限りある命の恋人に、さんまが贈る最後のクリスマスプレゼント」(2000年10月9日、TBS、ドラマ特別企画) - 長谷川大吉 役【出演作品】
みんなのいえ (2001年、東宝) - 堀ノ内のアシスタントスタッフ 役【出演作品】
スタジオジブリ 「千と千尋の神隠しDVD」(2001年)【出演作品】
46歳 『日経エンタテインメント!』の「好きな芸人」ランキングでは、初回の2002年から2011年まで10年連続で1位を獲得している。【評価】
空から降る一億の星 (2002年4月15日 - 6月24日、フジテレビ)- 主演・堂島完三 役【出演作品】
47歳 心はロンリー気持ちは「…」11 京都湯けむり旅情 OLグルメ三人旅 謎の密室殺人事件!(2003年、金曜エンタテイメント) - 功二 役【出演作品】
奇人たちの晩餐会 -馬鹿にしやがれ-(2003年)【出演作品】
日本中央競馬会 (2003年 - 2004年)【出演作品】
2003年、自身としては初めての戦争ドラマに挑戦したTBSドラマの『さとうきび畑の唄』に主演し、平成15年度文化庁芸術祭テレビ部門大賞受賞作品するなど、高い評価をうけた。しかし、戦争映画特有な過酷なロケに対して自身は「もう二度と戦争ドラマには出たくない」と語っており、ドラマ内の名セリフ「こんな事をするために生まれてきたんじゃないんですよ」を自らパロディにしたりして笑い話にしたりしている。【来歴】
いつもふたりで 「第11話(最終話) ファースト・キス」(2003年3月17日、フジテレビ)※友情出演【出演作品】
48歳 さとうきび畑の唄 (2003年9月28日、TBS系)- 主演・平山幸一 役 ※2003年度 芸術祭 大賞受賞作品【出演作品】
JOKER (2004年)【出演作品】
50歳 THE WAVE! (2005年7月23日・24日、フジテレビ、フジテレビFNS25時間テレビドラマ)主演【出演作品】
小鹿物語 (2006年)【出演作品】
51歳 トヨタ自動車 「 カローラアクシオ 」「 カローラフィールダー 」(2006年10月 - 2007年3月)【出演作品】
メルシィ!僕ぅ?(2007年 脚本:白川ヒロ 演出:渡邉光男)【出演作品】
任天堂 「 Wii 」(2007年)【出演作品】
和田アキ子殺人事件 (2007年2月12日、TBS系、 月曜ゴールデン ) - 明石家さんま(本人)役【出演作品】
52歳 ハタチの恋人 (2007年10月14日 - 12月16日、TBS、 日曜劇場 ) - 主演・井上圭祐 役【出演作品】
FNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!! 「 サザエさん 」(2008年、フジテレビ) - さんま 役【出演作品】
2008年 7月27日 日曜日には自身が総合司会を担当した「 FNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!! 」内コーナー・さんま in 笑っていいとも!「テレフォンショッキング」に ビビる大木 の紹介で出演。その他のコーナーには参加しなかったが、いいとも!としての出演は11年ぶりのこととなった。CM明けに先述のレギュラー時代のコーナー「最低男」のジングルが流された。後輩の FUJIWARA を紹介した。【人気番組でのエピソード】
53歳 ワルシャワの鼻(2009年)【出演作品】
コカ・コーラ 「 ジョージア 」(2009年)【出演作品】
3rd 2009年3月21日 明石家さんま ベスト・コレクション PCCS-00062 -【ディスコグラフィー】
2009年 笑顔のまんま (『 FNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!! 』 BEGIN の楽曲、同番組の発言を歌詞にしているため、作詞としてクレジットされている) - オリコン12位【ディスコグラフィー】
2009年 7月24日 金曜日の「テレフォンショッキング」にも しずちゃん の紹介で出演。この時さんまは友達として次回のテレフォンゲストに同年の第23回 FNSの日 『 FNSの日26時間テレビ2009 超笑顔パレード 爆笑!お台場合宿!! 』総合司会の島田紳助を紹介した。【人気番組でのエピソード】
2009年にIMALUが芸能界デビューした。当初は猛反対していたが、デビューするにあたっては発表前日に突然元妻の大竹から聞かされた後は諦念し、「とにかく人の倍は努力せなあかん」とアドバイスを送った。【来歴】
54歳 本人vol.11(2009年9月11日、 太田出版 ) ISBN 978-4778311926【著書】
塩野義製薬 「 セデス ファースト」(2010年-)【出演作品】
55歳 オムライス (2011年)【出演作品】
56歳 還暦を迎えるにあたっての心境として、千原ジュニアをゲストに迎えた2011年7月2日放送の『さんまのまんま』にて、「いつ(お笑い芸人を)辞めるって決めてるんですか?」と質問されたさんまは「60歳くらいでと思てるよ、テレビはね」と答え、60歳でテレビ引退を示唆、他番組でも「上がいつまでも居座ってどかないと新しいものが生まれない」「60歳でテレビのレギュラー番組を辞めて、仲間たちと舞台をしたい」と本気で若手に譲る意向を見せていた。しかし、吉本幹部はじめ芸人仲間の反対や、特に爆笑問題の太田光に「ぼろぼろになるまでやって欲しい。今辞めたらかっこよ過ぎる」などと言われ、撤回した。【来歴】
PRESS 〜プレス〜(2012年)【出演作品】
GREE 「釣り☆スタ!」(2012年-)【出演作品】
2012年 11月30日 金曜日には「いい(11月)さんま(30日)」の日に因んでゲスト出演。「タモリ・さんまの日本一の最低男」のコーナーを降板以来17年ぶりに復活させ、タモリとフリートークを繰り広げた。【人気番組でのエピソード】
2012年4月8日、なんばグランド花月にて行われた、「吉本興業創業100周年特別公演・伝説の一日」の4回目に出演。【来歴】
57歳 麒麟麦酒 「キリン濃い味デラックス」「キリン濃い味<糖質0>」(2013年-)【出演作品】
2013年 ありがとう ( FUNKY MONKEY BABYS の楽曲、ジャケット・PVの出演) - オリコン4位【ディスコグラフィー】
58歳 2014年 3月31日 の番組最終回にも昼と夜の両番組に出演。昼のレギュラー放送には「テレフォンショッキング」の最後のテレフォンゲストである ビートたけし が(ネタで)「お友達紹介」としてさんまに電話をかけ、さんまが電話出演。夜の『 グランドフィナーレ 感謝の超特大号 』では1年半ぶりに「タモリ・さんまの日本一の最低男」のコーナーを行い、タモリと1時間程フリートークを繰り広げた。【人気番組でのエピソード】
3年ぶりに復活した2014年のランキングでも1位を獲得、2014年から2017年と4年連続で1位となり、同ランキング14連覇と圧倒的な人気を得ている。【評価】
59歳 地獄先生ぬ〜べ〜 「第7話」(2014年11月22日、日本テレビ) - 妖怪 怪人赤マント・通称A 役【出演作品】
騒音 (2015年) - 大竹部長 役【出演作品】
60歳 2015年7月に還暦を迎え、還暦記念してフジテレビで『さんまでっか!?TV』、毎日放送で『痛快!明石家電視台 明石家さんま生誕年SP』などが放送され、番組はさんまのゆかりの芸人らが出演し思い出に花を咲かせた。【来歴】
映画も好きで役者では特にハンフリー・ボガートやピーター・セラーズ、ポール・ニューマン、スティーブ・マックイーン、菅原文太、ジェームズ・ディーン、ケヴィン・コスナー、ヴィヴィアン・リーの大ファンで、「さんまのまんま」ではセットとしてハンフリー・ボガートとディーン、ヴィヴィアンの写真つき枕が飾ってあった。また「FNS27時間テレビ (2016年)」の名物コーナー「さんま・中居の今夜も眠れない」でマックイーンの写真がプリントされたTシャツを着てマックイーンへの思い入れを語り、自身の髪型のモデルがマックイーンとコスナーであることを語るなど映画通の顔ものぞかせている。【人物】
61歳 Netflix (2017年)【出演作品】
Jimmy(2017年6月、文藝春秋) ISBN 978-4167908782【著書】
62歳 創味食品 「創味シャンタン」「だしまろ酢」(2018年-)【出演作品】
ソースネクスト 「ポケトーク」(2018年-)【出演作品】
2018年にはジミー大西の半生をドラマ化した『Jimmy~アホみたいなホンマの話~』をNETFLIXでプロデュース。【来歴】
63歳 マスカレード・ホテル (2019年) - 大竹(ロビーの客) 役【出演作品】
2019年2月22日、師匠の松之助が死去。【来歴】
翌23日、COOL JAPAN PARK OSAKAのこけら落とし公演『さんま・岡村の花の駐在さん』に出演し、ゲスト出演した文枝や八方と、松之助闘病中のエピソードを披露した。舞台後に行われた通夜、翌日の葬儀にも参列した。【来歴】
64歳 七転抜刀!戸塚宿(2020年 作:福原充則 演出:水田伸生)【出演作品】
フジテレビ 開局60周年記念特別企画「 教場 」後編(2020年1月5日、フジテレビ) - 警察官 役【出演作品】
65歳 長く活躍していることもあり、日本国内における知名度は高い。2020年7月22日に放送された『水曜日のダウンタウン』の「古今東西 日本人知名度ランキング」では、第4位(94.3%)にランクインした。【評価】

笑福亭松之助:二代目笑福亭松之助。タレントの明石家さんまの師匠として一般的に知られている。落語家としては関西を拠点に上方落語を演じ、寄席で演じられる軽演劇の俳優、劇作家としても長く活動していた。

FNS:正式名称はフジネットワーク。キー局となるフジテレビの他、FNN(フジニュースネットワーク)に加盟しているテレビ局にニュースを除く一般の番組を融通する番組供給ネットワークである。一般にはフジテレビ系列と呼ばれる。

NETFLIX:アメリカ・カリフォルニア州に本社を置くOTTコンテンツプラットフォームおよび制作会社。日本を始め世界各国に支社を持ち、映像ストリーミングサービスやオンラインDVDレンタル等のサービスを展開している。

花月:現在のうめだ花月やなんばグランド花月を始め、吉本興業が経営する各劇場に対し付けた名称。命名者は落語家の桂太郎とされている。由来は「花と咲くか、月と陰るか、全てを賭けて」との思いから。

ファミリーコンピュータ:任天堂より1983年7月15日に発売された家庭用ゲーム機。一般的にはファミコンと呼ばれている。爆発的なヒットを記録し、出版や音楽などの他業種にも影響を与えた。



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