幕末期に兵庫県で起こった出来事


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* 2021/05/17.

西暦 年号 県域内のできごと
1851
(嘉永3年11月29日~
嘉永4年12月9日)
嘉永4 生野代官、但馬朝来・養父・出石・気多4郡及び播磨宍粟郡の村々の窮状を幕府勘定所に訴える【1】

尼崎藩、赤穂郡上郡村で木綿専売を実施する【1】

生野代官所領の但馬4郡166か村に対し、勘定所から640両の拝借銀が支給される【11】

小島省斎、柏原藩主織田信貞に藩政改革5か条を進言する【11】

出石藩の封地の一部が変更される【12】

この年、暁鐘成、『淡路国名所図絵』を著す
1852
(嘉永4年12月10日~
嘉永5年11月21日)
嘉永5 尼崎藩、赤穂郡上郡村に札座を設けて藩札を発行する【2】

この年、必山、句集『登理能寿』を著す
1853
(嘉永5年11月22日~
嘉永6年12月2日)
嘉永6 大坂町奉行所、摂津・河内の油稼人に絞方鑑札を渡し、油稼人の名前、居村、人力、水車の別を郡別に報告させる【1】

明石藩、大蔵谷に砲台を築く【6】

幕府、兵庫・西宮の商人に御用金を賦課する【11】

この年、姫路藩、領内の綛糸(かせいと)の売買を禁止する
1854
(嘉永6年12月3日~
嘉永7年11月12日)
(嘉永7)
安政元
(11.27改元)
出石藩士多田弥太郎、江戸に出奔する【4】

塩流通をめぐり高砂と大塩村が争う【4】

大坂町奉行、綿屋仲間以外の者の綿の買入れを禁じ、綿取扱業者の綿屋仲間への強制加入を命ずる【6】

摂津・河内の諸村、綿売買の規制に反対して訴願する【閏7】

大坂町奉行、綿売買の規制を緩和する【8】

姫路藩、家島の警護を強化する【9.23】

ロシア艦船ディアナ号、大坂湾に入り、尼崎・兵庫・明石に接近する【9】

幕府、姫路・明石・尼崎のに3藩に海岸警備を命じ、三田・龍野・安志・林田・三日月・出石の諸藩にも応援を命ずる【9】

網干屋吉兵衛、兵庫小野浜に船やき場の建設を始める【9】

阿波藩、淡路の由良・岩屋に砲台の建設を始める【11】

川本幸民、『遠西奇器述』を著す【11】
1855
(嘉永7年11月13日~
安政2年11月23日)
安政2 勘定奉行石河政平ら、摂海沿岸を巡見する【2.15~24】

但馬の幕領の村々、年貢石代納について訴願する【2】

山崎藩、領内に梵鐘供出を回達する【3】

山崎藩、砲4門を鋳造する【4】

古東領左衛門、淡路津井湊の改修に着手する【4】

摂津・河内1,086か村、菜種・油・油粕の適正価格による売買を求めて訴願する【6】

川路聖謨、堺から兵庫にかけて砲台建設地を調査する【10】

この春、柏原藩、大砲射撃を試みる
1856
(安政2年11月24日~
安政3年12月5日)
安政3 麻田藩桜井谷役所、管内の豊島・川辺両郡の寺に、梵鐘の有無と本末寺関係を申告させる【1】

摂津多田院、末寺の鐘について届け出る【2】

川本幸民、幕府の蕃書調所の教授手伝となる【4】

高槻藩預所の川辺郡の18か寺、下知しだい鐘を供出する旨の請書を提出する【11】

姫路の木綿江戸積仲間、姫路藩に冥加銀の軽減を願い出る【12】
1857
(安政3年12月6日~
安政4年11月16日)
安政4 播磨新野辺村の篠巻商人、篠巻綿の国産品取扱いを姫路藩に願い出る【2】

生野代官所、支配の村々から「産物取調書上帳」を提出させる【2】

金本顕蔵、伊丹明倫堂の教頭となる【3】

播磨揖東郡の興浜新開会所が銀札四種類を発行する【5】

但馬広谷村の年寄惣右衛門、但馬の養蚕について建言する【6】

但馬浜坂村の平祐・伊八郎ら、長期の融通切手を発行する【12】

この春、柏原藩、藩校又新館が狭隘のため、新たに崇広館を設立する

この夏、藤本鉄石、伊丹を訪れる

この年、西宮・生瀬で両替手形(私札)が発行される
1858
(安政4年11月16日~
安政5年11月27日)
安政5 丹波篠山町春日神社能舞台の鏡開きを行う【3.24】

幕府、大坂に箱館産物会所を設け、兵庫津にその出張所を置く。北風荘右衛門、兵庫出張所の用達となる【3】

長州藩、西摂沿岸の警備を命ぜられ、持場警備本部の公議所を兵庫の浜本陣絵屋に置く【6.21】

姫路藩の帆船速鳥丸竣工する【6.25】

外国奉行堀利煕、但馬海岸を見分する【12】

この年、尼崎藩、梶屋吉右衛門ら3人を札元として銀札3種を発行する

この年、播磨三木の月輪寺、開帳にあたり操り芝居の興行を出願する

この年、備前浪士藤本鉄石、淡路を訪れる
1859
(安政5年11月27日~
安政6年12月8日)
安政6 姫路藩、篠巻綿の販売を長束木綿会所の管理下におく【1】

淡路の増井文太の猟師隊、藩主の「透見」の検閲をうけ、一同名字帯刀を許される【2】

この年、尼崎藩、山本屋卯兵衛・瓦林屋茂兵衛を札元として、銀札2種を発行する

安政年間、姫路藩士秋元安民、洋式帆船を建造する
1860
(安政6年12月9日~
万延元年11月20日)
(安政7)
万延元
(3.18改元)
出石藩士加藤弘之、蕃所調所の教授となる【閏3.9】

三田藩の白洲退蔵、藩政改革に着手する【6】

尼崎藩、伊丹の小西新右衛門から融資を受ける【7】

このころ、浜坂村の庄屋長十郎が私札を発行する
1861
(万延1.11.21~
文久1.12.2)
(万延2)
文久元
(2.19改元)
長州藩、摂津菟原郡打出村と八部郡東須磨村に陣屋を建てる【3.23】

藤本鉄石、淡路古東家を訪れて滞留する【4】

播磨加東郡太郎大夫村の近藤亀蔵、網干興浜新開会所を設け、私札を発行する【6】

播磨多可郡奥畑村の村民、四国八十八か所霊場巡拝に出かける【7】

尼崎で戎屋重助・梶屋吉右衛門銀札(私札)4種を発行する【11】
1862
(文久1.12.3~
文久2.11.11)
文久2 イギリス公使オールコック一行、兵庫を訪れる【5.7】

豊岡藩、津居山・瀬戸・気比に大砲を備え付ける【5】

松本奎堂、淡路を訪れる【5】

浜松藩、同藩の飛地播磨加東郡2か村の徴税権を担保に大坂商人から融資を受ける【11】

赤穂藩の河原駱之輔、家老森主税に塩専売の再編成に関する15か条の意見書を提出する【11】

赤穂藩の尊攘派西川升吉ら、家老森主税らを暗殺する【12.9】

阿波藩、淡路の蔵入地から農兵を徴募する【12.10】

三田藩の川本幸民、幕臣となり、洋書の翻訳に当たる【12.28】

老中格小笠原長行、摂海沿岸を巡航し、海防計画を立てる【12】

この年、阿波藩の淡路岩屋の砲台竣工する

この年、画家小林礫川、但馬出石に住する

このころ、明石藩、明石・垂水間に砲台9か所を設置する

このころ、姫路領内の長束木綿の買場所について、城下木綿仲買と長束木綿仲買が紛争する
1863
(文久2.11.12~
文久3.11.21)
文久3 姫路の豪商紅粉屋又左衛門、姫路藩の尊攘派に暗殺される【1.13】

尼崎藩、農民に高島流砲術の調練を始める【1.25】

尼崎藩、この月から6月にかけて、高洲など5か所の砲台築造を始める【1】

フランス船3隻、兵庫に入港する【2.20】

摂津和田岬・湊川出洲・西宮に砲台の建設を決定する【2.28】

赤穂藩士西川升吉ら13人、国許で謹慎を命ぜられる【3.15】

外国船3隻、兵庫に入港する【3.21】

将軍家茂、神崎川砲台を見分する【3.26】

長州藩、兵庫警備の任を解かれ、讃岐高松・豊後岡・美作津山の3藩がこれに代わる【3.30】

幕府、明石藩に砲台の改造を命じ、1万両を貸与する【4.21】

将軍家茂、順動丸に乗って兵庫付近の海域を巡見する【4.23】

将軍家茂、勝海舟らを神戸村海軍所・造艦所取建及び摂海防備向御用に任命する【4.24】

淡路の田村平一郎、淡路の防備について三条実美に上書する【4】

龍野・林田・小野・三草の諸藩、大坂表防備のため出役を命ぜられる【5.7】

阿波藩、淡路から徴募の農兵を新農兵と称し、名字帯刀を許す【5】

三田藩、神崎川筋の警備を命ぜられる【6】

赤穂藩、西川升吉らを赦免する【6】

攘夷決行のため四条隆謌らに明石・淡路・紀伊の監察使を命ずる【7.19】

明石海峡通航中の幕艦朝陽丸、岩屋松帆砲台から砲撃される【7.20】

出石藩の中条右京、若狭・丹後・但馬の海岸防備の強化について建白する【8.7】

長州藩の丙辰丸、明石夙之浜と淡路松帆崎から砲撃される【8.7】

尊攘派と称する浪士の一団が兵庫津の北風家を訪れ、金子を強請する【8.12】

淡路の古東領左衛門、京都で新撰組に捕えられる【8.24】

生野代官、大和の天誅組挙兵により、出石・豊岡両藩に生野出役を要請する【8.28】

久美浜代官、大和の天誅組挙兵により宮津・峰山・豊岡・出石の諸藩に出役を要請する【8】

尼崎の戎屋重助・梶屋吉右衛門、銀札(私札)を発行する【8】

南但馬の豪農層ら、農兵募集について会議を開く【9.5】

但馬の第2回農兵会議で、決起して大和挙兵を支援することを決議する【9.19】

武田万大夫・増井文太・田村平一郎、大和挙兵に参加を企てたかどで淡路洲本に召喚、入牢させられる【9】

淡路の鈴木重胤、江戸で暗殺される【9】

平野国臣・美玉三平ら、但馬の豪農層と結んで挙兵し、生野代官所を占拠する【10.12】

出石・豊岡・姫路の3藩、生野の事変鎮圧のため出兵する【10.13】

生野挙兵の主謀者ら生野から退去する【10.14】

但馬朝来郡矢名瀬・粟鹿・和田山の諸村で打ちこわしが起こる【10.14】

龍野藩、農兵を徴募し、農武組を組織する【10】

西宮宿の助郷村々、大坂奉行所に規定外の過重な人足負担を訴える【11】

尼崎藩、兵庫・名塩の商人を札元に2500貫目の銀札を発行する【11】

松平(松井)康直、播磨佐用郡平福領の旧領のうち10か村を返還される【12】

この年、赤穂藩、塩の江戸専売を企てるが、実施せず

この年、姫路藩、幕命により飾磨津・古宮・荒井・福泊に砲台を築造し、城下金山で大砲を鋳造する

この年、阿波藩の淡路炬口浦・津田村・生石村の砲台竣工する

この年、但馬八鹿村の西村庄兵衛、京都への生糸売込みを開始する

この年、淡路の岡田鴨里『五倫之説』を著す
1864
(文久3年11月22日~
元治元年12月3日)
(文久4)
元治元
(2月20日改元)
姫路藩主酒井忠績、大老に就任する【2.1】

島津久光、兵庫湊川に護良親王・楠木正成・北畠親房などをまつる神社を建立することを、朝廷に建白する【2.9】

多田弥太郎、但馬浅間峠で出石藩吏に刺殺される【2.28】

姫路藩士河合屏山、藩主酒井忠績に財政再建などについて献言する【3】

姫路藩、藩内尊攘派の弾圧に乗り出す【3】

神戸海軍操練局の組織・運営が決まる【4.16】

生野代官、村々の鉄砲所持者を非常警備のため代官所に詰めさせる【5】

幕府、尼崎藩に大高洲砲台の改造を命じ、大砲・弾薬を給付する【7】

長州藩士桂小五郎、但馬出石に隠れる【7】

但馬朝来郡竹田村で打ちこわしが起こる【8.26】

姫路藩、前年以降来住の他所者の領外立退きを命ずる【8】

西宮町方庄屋、役人の通行繁多で諸経費増大のため大坂町奉行所に諸費用の下付を願い出る【8】

周防徳山口に参陣の阿波藩、帰陣を願い出て却下される【9.10】

生野代官、支配村々に軍用糧秣として大豆葉の調達を命ずる【9.28】

谷町代官、支配下の播磨加東・加西・美嚢3郡に干草4万貫の調達を命ずる、次いで11月、草鞋・馬沓の調達を命ずる【9】

西宮宿と助郷村との間で、約定以外の助人足を出さないことと取り決める【9】

幕府、摂津武庫・川辺・豊島三郡の50か村に御用物加助人足を賦課する【10】

播磨揖東・揖西両郡の丸亀藩領で農民から進兵士を、次いで11月に砲術方を徴募する【10】

月末に山崎藩、征長に参陣する【10】

龍野藩、征長に参陣する【11.1】

生野代官、支配下の村々に兵賦を課する【11.18】

幕府、兵庫奉行をおき、小笠原広業を任ずる【11】

赤穂藩、東西両塩田の浜人に穴割銀を賦課する【11】

姫路藩、尊攘派を弾圧し、家臣56人を斬罪以下の罪に処する(甲子の獄)【12.26】

姫路藩、国産篠巻仮会所を設け、篠巻綿の専売に踏みきる【12】

この年、阿波藩、淡路由良浦に進修館を開設する

この年、西宮町の家数、町方429軒、浜方1237軒を数える
1865
(元治元年12月4日~
慶応元年11月14日)
(元治2)
慶応元
(4月7日改元)
摂津武庫郡上大市・下大市・段上の3か村、帰陣の征長軍通過のため、武庫川の橋普請を命ぜられる【1】

谷町代官、支配下村々に月割用金を令達する【2】

幕府、神戸海軍操練局を廃止する【3.12】

箱館産物会所の規定を制定する【3】

幕府、征長の夫人足を県内の幕領に賦課する【4】

翌月にかけて東播地方で「稲荷踊」が流行する【4】

大坂町奉行、尼崎の「残念さん参り」を禁止する【5.17】

摂津・河内の1263か村、菜種売捌の自由を求めて訴願する【5.20】

篠山藩、多紀郡の「稲荷踊」を禁止する【5.25】

生野代官・久美浜代官から支配下の町・村に対して征長のための用金の調達を命ずる【5】

尼崎藩、武庫川から味泥川までの地域・下海道・西国街道の警備を担当する【閏5】

尼崎藩、領内から高割に藁・干草・草鞋・馬沓を上納させる【閏5】

龍野藩、干草・藁・草鞋・沓を領内に賦課する【閏5】

摂津・河内村々の菜種売捌の訴願について示談が成立する【6.13】

高田藩、湊川以西泥川までの地域の警備を担当する【6.22】

摂津武庫郡上大市・下大市・段上3か村、西宮駅の臨時御用人足の免除を訴願する【7.11】

播磨揖東郡余子浜・新在家・興浜の3か村助郷人足の免除を訴願する【7】

英・米・仏・蘭の四国代表、条約勅許・兵庫の開港・関税軽減を要求するため、艦隊を率いて兵庫に入港する【9.16】

老中阿部正外、兵庫沖で各国代表と条約勅許・兵庫開港について会談する(兵庫沖会談)【9.23】

谷町代官所・生野代官所・久美浜代官所、支配下の幕領村々から征長軍輸送のために人足を徴集する【11】

播磨の会津役知村々、明石駅の臨時加助郷の免除を訴願する【11】

篠山領24か村に、東海道大津宿の加助郷が賦課され、その免除を訴願する【11】

この年、一橋領今市村で銀札(木綿預手形)が発行される

この年、阿波藩、淡路松帆に講習館を開設する
1866
(慶応元年11月15日~
慶応2年11月25日)
慶応2 兵庫津の三方名主・浦方惣代ら、兵庫津の地子免除と諸荷物江戸積仲間株の公許を幕府に出願する【2】

兵庫の北風荘右衛門家で難渋者のために連日粥を施行する【3.27】

摂津三田町の町役が、役所に津留を願い出る【3.27】

大坂町奉行、菜種の値段につき農民の売惜みを規制する【3】

篠山藩領5か村に東海道大津宿への加助郷が賦課される【3】

三田に郷学校が開設される【3】

兵庫・西宮の商人に征長のための御用金を賦課する【4】

幕府、但馬養父・朝来・気多・出石4郡の幕領に生糸改会所を設置する【4】

西宮で米の安売りを求め、米商人を襲撃する【5.3】

摂津菟原郡御影村で米の安売りを求めて騒ぐ【5.4】

摂津菟原郡住吉村・八部郡神戸村で米の安売りを求めて騒ぐ【5.8】

兵庫津で米商人その他豪商を襲撃、打ちこわしが起こる(兵庫こぼち)【5.8】

播磨加東郡市場村の近藤亀蔵家に20か村の窮民が押し掛け、米の安売りを約束させる【5.9】

摂津伊丹で米の安売りを要求して騒動が起こる【5.11】

臼杵藩が丸岡藩に代わって兵庫の警備を担当する【5.12】

摂津有馬郡一帯で騒ぎが起こる【5.13】

播磨揖東郡新在家村で米の安売要求騒動が起こる【5.20】

明石藩兵、芸州口に向かって進発を開始する【5.23】

姫路藩、大聖寺藩に代わって兵庫の警備を命ぜられる【5.25】

福井藩、神戸の海陸警備を命ぜられる【5.29】

淡路、風水害で米価騰貴し、下旬に打ちこわし起こる【5】

龍野藩、芸州行夫人足を徴集する【5】

安志藩兵、小倉に着陣する【6.5】

龍野藩、長州攻めの芸州口先鋒応援を命ぜられる【6.9】

飯田藩、岡藩に代わって湊川を警備する【6.13】

但馬村岡領で軍夫役と米価高騰に抗議して一揆起こる【6.20】

幕府、高松藩に征長軍応援を命じ、翌日西宮警備を免ずる【6.24】

久美浜代官支配下の但馬気多郡村々で一揆が起こる【6.26】

阿波藩の淡路に対する軍夫役割当を不当とし、その是正を求める【6】

播磨三木の金物職人が物価高騰を訴え集会する【7.28】

篠山藩領63か村、東海道大津宿の加助郷賦課に反対し、道中奉行宛の容赦嘆願書の進達を藩庁に願い出る【7】

幕府、因州藩に生野警衛と農兵の編成を命ずる【8.7】

久美浜代官所、支配下村々から人足を徴発する【8.22】

上旬幕府、兵庫津商人に御用金5万両を課す【8】

姫路藩、領内から農兵を徴募し、洋式銃隊を編成する【8】

幕府、大洲藩に西宮の警守、阿波藩に兵庫・神戸の警守を命ずる【10.30】

龍野藩、農武組員から選抜して報国隊(のち赤心隊)を編成する【10】

兵庫で米価高騰のため群衆が騒ぐ【11.19】

播磨赤穂郡千種川筋で一揆が起こる【11.30】

摂津菟原郡御影村で25、26日ごろ安米打切りに抗議して群衆が騒ぐ【11】

イギリス公使館書記官サトウ、兵庫に立ち寄り、京坂の情勢を探索する【12.6】

三田藩、三田町の難渋人調べを命じ、翌日水漬米を600匁で払い下げることを令達する【12.9】

摂津西宮駅に、従来の加助郷のほかに当分加助郷の村々が指定される【12】

西宮町の庄屋・年寄・駅問屋・総代連署で、大坂町奉行所に宿駅の費用増加を訴え、拝借金を願い出る【12】

この年、生野代官所、支配下村々の鉄砲所持者をもって銃隊を編成する

この年、淡路洲本の安倍喜平、家塾積小軒を開く
1867
(慶応2年11月2日~
慶応3年12月6日)
慶応3 幕府、「兵庫大坂外国人居留地規定書」を制定し、居留地を神戸・二ツ茶屋・走水の3か村の浜手地域に画定する【4.13】

小栗忠順ら商社設立案を起草する【4】

兵庫開港が勅許される【5.24】

幕府、松平信敏・景野成美らを兵庫開港御用掛に任命し、柴田剛中を現地の主管者とする【5.28】

兵庫商社、大坂の有力両替商20人を出資者として設立され、頭取に山中善右衛門(鴻池屋)が選任される【6.5】

兵庫・大坂・江戸の開港市期日を12月7日(1868年1月1日)とすることを布告する【6.6】

姫路藩、国産篠巻会所を国産長束会所のなかに設置する【6】

兵庫の北風荘右衛門、兵庫商社の肝煎となる、次いで翌月兵庫問屋商人2人、灘の酒造家6軒、播磨加東郡市場村の近藤文蔵が世話役に加えられる【6】

幕府、斎藤六蔵・小堀右膳に兵庫開港御用取扱を、比田小伝次ら3人を開港交易御用取扱に任命する【6】

但馬二方郡の奥口7か村で開田融通切手を発行する【6】

幕府、外国奉行・大坂町奉行柴田剛中に兵庫奉行を兼務させる【7.9】

旱魃のため、兵庫津はじめ在方各地で雨乞いが行われる【8】

久美浜役所、管下村々の私札の発行について取締りを強化する【8】

神戸村庄屋生島四郎太夫、居留地の造成を請け負う【8】

久美浜代官所支配下の但馬4郡の村々、石代納の値段の引下げを嘆願する【9】

西国街道に代わる山手新道の造成に着工する【10.7】

幕府、兵庫での商売を自由取引とする旨、各国代表に通知する【10.11】

兵庫居留地の造成が始まる【10.15】

兵庫運上所の建設に着工する【10】

生野銀山の御手当米制度が廃止され、閉坑となる【10】

三田藩主九鬼隆義、大政奉還に反対し、家中に諭達する【11.22】

兵庫商社、6種類の金札1万両を発券する【11.22】

篠山藩主青山忠誠、大政奉還に反対し、家中に銃隊の調練を布達する【11.23】

長州藩兵、摂津打出浜に上陸する【11.29】

摂津有馬郡山口村・道場村・三田町で中旬ごろええじゃないか踊りが起こる、次いで西宮・灘目・伊丹・兵庫・明石にも広がる【11】

イギリス、領事館を神戸の旧海軍操練局に設ける【11】

アメリカ領事館仮事務所を神戸村の海岸に設ける【11】

生野代官所支配下の但馬4郡の215か村、石代納の値段引下げを嘆願する【11】

但馬朝来・養父・出石・美含4郡の百数十か村、生野・明延・阿瀬鉱山による鉱害のため、貢租の減免を嘆願する【11】

川辺郡山本村一帯でお札が降る【11~12】

播磨一円・淡路にええじゃないか踊りが広がる【11~12】

長州兵、西宮に進駐する【12.1】

幕府、「大坂兵庫間運送船乗合船規則」を制定する【12.5】

兵庫開港、兵庫運上所で式典を行う(陽暦1868年1月1日)【12.7】

兵庫商社、運上所の運上銀預り業務を始める【12.7】

兵庫山手新道完成する【12.7】

ヒョーゴ・アンド・オーサカ・ヘラルド創刊(県内最初の新聞)【12.10】

幕府、小浜藩に西宮札ノ辻守備を命ずる【12.15】

備前藩、西宮警守を命ぜられる【12.20】

兵庫運上所・兵庫商社閉鎖となる【12.25】

姫路藩主酒井忠惇、老中首座に就任する【12.30】

播磨美嚢郡吉川谷・淡河谷に下旬ごろお札が降る【12】

洲本でお札が降り、「化ヶ踊」が流行する【12】

この年、篠山藩、銀札8種を発行する

この年、三田藩、郷学を2校設置する

【 】には月又は月日。

御用金: 江戸時代、幕府・諸大名が国費不足のため富豪町人・支配村方などに課した一種の公債。

札座: 江戸時代、各藩で藩札の製造をつかさどった役所。

陣屋:江戸時代の幕藩体制における、大名領(藩)の藩庁が置かれた屋敷、また徳川幕府直轄領の代官の住居および役所が置かれた建物。

拝借銀:江戸幕府が財政支援のために、大名・旗本などに無利子で貸与した金銭。

藩札:江戸時代に各藩が独自に領内に発行した紙幣。旗本が発行した旗本札、寺社が発行した寺社札、宮家が発行した宮家札、地域で発行した町村札、私人が発行した私人札なども、広義の藩札として取り扱われる。

冥加銀:山野河海などを利用したり、​営業などの免許の代償として幕府や藩に対して支払った租税の一種。

勘定所:江戸幕府や諸藩・旗本などにおいて、財政や民政を担当する役所・支配機構の名称。勘定奉行を長官とする場合が多い。

勘定奉行:江戸幕府の役職の一つ。勘定方の最高責任者で財政や幕府直轄領の支配などを司る。

川本幸民:幕末・明治維新期の医師および蘭学者。幸民は化学新書をはじめとする科学技術分野の多数の書物を執筆した。専門性を基礎として、白砂糖、マッチ、銀板写真の試作をし、日本における技術の発展に貢献した。 幸民は日本で初めてビールを醸造したと推定されている。また当時用いられていた「舎密」の代わりに「化学」という言葉を初めて用いたことでも知られている。

網干屋吉兵衛:日本の呉服商。私財を投じて神戸村安永新田浜の入江に船蓼場(フナクイムシを駆除するための乾ドック)を建設したことで知られ、神戸港築港の先駆者とされる。

蕃書調所:1856年(安政3年)に発足した江戸幕府直轄の洋学研究教育機関。開成所の前身で東京大学、 東京外国語大学の源流諸機関の一つ。

梵鐘:東アジアの寺院などで使用される仏教法具としての釣鐘(つりがね)。

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