真珠養殖の歴史


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アコヤガイ:ウグイスガイ目ウグイスガイ科に分類される二枚貝の一種で、真珠養殖に使われる真珠母貝の一つ。
クロチョウガイ:ウグイスガイ目ウグイスガイ科の二枚貝で、主に黒真珠の養殖に利用される真珠母貝のひとつ。

真珠素質被着法:貝体内に色々な球形または一部を少し切り落とした核を挿入することで、半円真珠の養殖を可能にし、後の真円真珠の養殖へとつながった。

* 2021/05/12.

出来事
1888年(明治21年) 御木本幸吉氏が三重県神明浦多徳島においてアコヤガイの養殖に着手、2年後の1890年に飼育の貝を使用して、真珠養殖試験を開始しました。
1892年(明治25年) 中村十作氏が八重山群島に渡り、クロチョウガイ真珠養殖に着手、1910年には奄美大島において伊谷壮吉氏らがマベによる真珠養殖を開始しました。
1893年(明治26年) 御木本幸吉氏が初めて半円殻つき真珠を産出しました。
1896年(明治29年) 御木本幸吉氏が半円殻つき真珠養殖の特許権「真珠素質被着法」を得ました。
1907年(明治40年) 見瀬辰平氏が初めて真円真珠に関し「介類の外套膜内に真珠被着用核を挿入する針」として特許権を獲得しました。 西川藤吉氏が真円真珠養殖に関し真珠形成法4件の特許出願、この一部は見瀬辰平氏の特許権に抵触する。これら4件は西川藤吉氏没後の1916年および1917年に登録されましたが、後者登録の特許権は「西川式」または「ピース式」と呼ばれ現在の挿核技術の基礎となっています。
1908年(明治41年) 西川藤吉氏ら真珠養殖試験に初めて垂下式養殖を試みました。小西菊次郎氏は西川藤吉氏の依頼によりドブガイ貝殻からの製核に着手しました。
1916年(大正5年) 藤田輔世氏が大珠真珠をつくるためフィリピンにおいて実験に着手、1920年にはセレベス、ブートン島に根拠地を設けシロチョウガイの真珠養殖を開始しました。
1917年(大正6年) 見瀬辰平氏、球形真珠形成法の特許出願、1920年に登録され、一般に「誘導式」と呼ばれるもので「西川式」と並んで当時の代表的技術となりました。
1918年(大正7年) 御木本幸吉氏、真円真珠養殖に関し「全巻式」と呼ばれる特許出願、1919年登録されました。
1922年(大正11年) 猪野秀三氏ら生殖腺部位に挿核し大珠真珠養殖に成功しました。
1924年(大正13年) 藤田昌世氏が琵琶湖貝類による真珠養殖試験に着手、1935年イケチョウガイによる淡水真珠養殖が開始されました。
1926年(大正15年) 三重県地方において避寒作業開始されました。
1927年(昭和2年) 三重県英虞湾において作業中の真珠養殖業者が偶然、卵精子の放出されるのを認めたことから卵抜き法、いわゆる仕立て技術の端緒が開かれました。
1947年(昭和22年) 一般に事業化されたのはこの頃からになります。さらに1949年から業者に採苗予報を開始しました。
1955年(昭和30年) 三重県賢島に国立真珠研究所が開設されました。


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