ハマチの養殖の歴史


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富栄養化:海水や川の水にふくまれる栄養分が自然の状態より増えすぎてしまうこと。

小割網式養殖:水面を網で区切って行う養殖方法の一つ。ハマチやタイなど海産魚類の養殖の多くが現在この方法で行われており、小割養殖とも呼ばれている。

* 2021/06/20.

出来事
昭和3年 引田・安戸池で野網和三郎氏によってハマチ養殖の事業化に成功
9年 直島・喜平島で築堤式による養殖が開始される
15年頃~20年頃 戦争による物資不足・餌料魚の入手難からハマチ養殖は中断される
26年 引田町・安戸池で引田漁協の自営による養殖が再開される
34年~35年 志度町・真珠島、内海町・田ノ浦で支柱式網仕切型による養殖が始まる
(後に県下で20ヶ所程度設置されるが、昭和54年頃までに衰退)
35年 牟礼町(牟礼漁協)、大内町(東讃漁協)で小割網式による養殖が始まる
39年 養殖業者が集まって「香川県海水魚類養殖漁業協同組合」が設立され、香川県の魚類養殖業の振興や問題の解決に現在まで努力する。
45年 小割網式養殖が県下で広く行われる。(現在まで行われる)
47年~ 瀬戸内海沿岸の工業地帯や都市からの排水により水質の富栄養化が進み、夏の高水温期に赤潮の発生が見られるようになり、養殖ハマチが被害を受けた。
(以降幾度か被害に遭った。)
47年 香川県漁連により関西方面へ活魚運搬船を利用した出荷が開始される
48年 関東地区での需要の拡大や消費者志向の変化に対応するため、2年魚ハマチ養殖が始まる
瀬戸内海環境保全臨時措置法が施行され、水質防止ための取り組みが行われ、徐々に水質改善の傾向が認められている
58~59年 引田町地先において、過去の赤潮の調査結果から、網の深さ20mを超える大型小割網が試験される
(現在はすべて大型小割網で養殖を行っている)
58年 2年魚ハマチ養殖に全面的に切り替わる
62年 庵治町で、ハマチの投餌効率の向上と漁場環境の保全のため、魚の食べ残しを減らすために魚と配合飼料等を混ぜて粒状の練り餌にしたモイストペレットの実用化試験が行われる
(平成6年頃までにモイストペレットの普及が進む)
平成11年 香川県海水魚類養殖漁業協同組合に、養殖魚の品質の向上と健康な魚づくりをめざすために魚類養殖生産物品質向上検討会を設置し、消費者ニーズに対応した養殖魚を生産するよう「養殖マニュアル」等を定めて指導している
リンク:

香川漁連



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